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月に恋焦がれ

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もしかして他に女が出来たのかな?俺に会いに来る時間なんて惜しいのかな?目を閉じてしばらく考えていたら、窓が叩かれた。
「おい」
「シズちゃん?」
窓から入ってきたのは、この見世の若衆。金色の髪が風に靡いて青い空に映える。相変わらず神出鬼没だな、と笑みを浮かべた。
「さっきすれ違ったの気がついてなかっただろ?」
「そうなの?知らなかったよ」
食べる?と差し出した菓子に首を振った。甘党なのに珍しいな、と首を傾げるしかなかった。
「どうしたの?食べないの?」
「いや、お前……自覚ないのか?」
美味しいよ?と笑顔を向けたときに抱き締められる。大きな胸の中に収まるしかなくて。力じゃ敵わないから、暴れても少しも動けない。
「シズちゃ…駄目、怒られ……」
「泣きそうな顔してたの自覚無かったのか?」
顔を覗き込まれて、動きが止まる。頬を撫でられて目尻を触られた。優しい手つきに思わずその指を濡らしてしまう。
「……シズちゃん」
「そうやって泣けばいいんだよ、泣き虫甘楽」
後から後から流れる涙は掌を濡らす。言葉にならない嗚咽が喉から出てきて消える。止まらない涙がいくつも床に落ちた。言葉にならなくて思いっきり抱きついた。胸にいくつも出来る染みは広がっていき俺の涙を吸い取る。着物が汚れるから、と離れてもすぐに抱き寄せられた。
「泣きたいときに泣けばいいだろ、そのために着物ぐらい汚してやる」
「……シズちゃんって」
「あ?」
「不器用だね」
俺の前で泣け、とか言えばいいのに。うるせぇよ、と赤くなるシズちゃんは目を逸らす。ありがとう、と小さく漏らしたけどその言葉は消えた。
「………もう大丈夫。俺は平気だよ」
もう一度だけ抱き締めて離れた。泣き腫らした目は真っ赤だろうけど、それでも笑みを浮かべる。作り笑顔は得意だから。そんな嘘吐きな俺の嘘など、見破っているだろう。でもシズちゃんは何も言わない。それ以上は言及せずに窓を再び開けた。
「分かった」
「じゃあ…ね」
また来てね、なんて言えずに窓を閉めた。一人になった部屋は静か過ぎて嫌いだけど、仕方ない。渡し損ねた菓子を口に入れて、また伝ってきた涙のしょっぱさと菓子の甘さの変な組み合わせにただ口を閉ざすしかない。「男の癖に駄目だよね」
 昼見世でのんびりとした時間にふと見かけた。猫を膝に乗せて撫でている遊女。豪華な着物に身を包み髪を結い、一見すると女なのに俺と同い年の男。売られてきて瞬く間に売れっ妓になった異色の遊女。
「にゃあ」
「もう泣かないって決めたのに」
 真っ黒な猫を膝に置いて苦笑いを浮かべる。猫はそんな姿を心配そうに眺めては鳴いた。溜め息混じりに撫でる手を心配そうに舐める。
「…シズちゃん」
 名前を呼ばれて身体が強張る。気付かれているのだろうか?でもそのまま猫を撫でているから気付かれてはいないようだった。ゆっくりと流れる時間。ふと猫を撫でる手が止まる。
「甘楽?」
「ん……」
 覗き込むと猫も甘楽も寝ていた。気持ち良さそうに眠る甘楽に猫。こんなに天気がいいから仕方ないだろう。起こさないようにそっと顔を見つめる。
「ごめんな」
 いつも泣かせてばかりで。俺は不器用だしただの使用人だから近付いてはいけないと言い聞かせていた。小さな頃から近くにいたのにいつも泣き顔しか見れていない。笑顔が見たい、なんて言えない。
「甘楽」
 そっと唇に触れる。自分から触れたことなんてなかった。秘めた思いはずっと言うつもりもない。きっと言ったら困らせてしまうから。甘楽がどんな思いで俺を見てるとか分かっていて知らない振りをしている。卑怯だと思うけど知らない振りをしないとここから逃げようと言ってしまいそうで。
「…ごめん」

 力を込めずに抱き締める。着物のせいで厚みがある身体。本当は折れそうなくらい細いって知っている。猫を床に寝かせて抱き上げた。部屋まで運ぶくらいは許されるだろうか?猫が不満そうに見上げてくるのに悪い、と苦笑いを浮かべて。

「静雄」
「…すみません、寝てたんで」
 案の定四木さんには眉を顰められた。甘楽を布団に寝かすと四木さんに呼び止められる。小さな頃はそれでも許してくれた。新造になってから甘楽に近寄るなと怒られた。何故か分からなかったけど、成長するに従ってどういう意味か分かってきた。
「お前たちが仲がいいのは知っているけど、ちゃんと加減はしろよ」
「分かってます」
「お前は見世の人間で甘楽は遊女。それは忘れてもらったら困るな」
「……はい」
 近寄ったら駄目だ。この思いも間違ってる。これ以上近寄れば甘楽はきっと身請け先を探されてしまうだろう。そんなことをされたら、永久に会えなくなる。だから俺はそっと見守るしかしたらいけない。甘楽が必要としてくれてるときにしか行けない。好きだなんて間違ってるから。甘楽は花魁で俺とは世界が違う。俺はただの用心棒なのだから。
「甘楽」
 でも、好きなんだ。言えないけど。出逢ったあの頃からずっと。もし甘楽が泣きたいのならその涙を受け止めよう。俺が嫌いだって言っても何も言わないでおこう。もしここから出るなら笑って送り出そう。それが甘楽の幸せなら、俺は文句はないのだから。
作品名:月に恋焦がれ 作家名:もみじ