大空と明星―1―
森にて
―――――ここはどこだ。
鬱蒼と茂る草木にその隙間から入り込んでいる木漏れ日。森。どうみても、森。
混乱する思考の中、綱吉はただそう思い、そしてもう一度自分に言い聞かせるように、先程の思考を今度は声に出してみた。
「ここ何処だよ…」
自分は先程まで室内にいたのだ。ボンゴレのイタリア本部の執務室。部下が次々に運んでくる大量の書類に嫌気がさしながら、それでも口うるさい右腕と、時折黒い鉄の塊をちらつかせる元家庭教師の圧力に耐えながら格闘していたはずなのだ。少し疲れて目を閉じ、息を吐いて、身体を伸ばして、そして、目を開けた。
その一瞬で、見慣れた机も椅子も装飾品も消え失せ、代わりに存在したのが、木、木、木。
意味がわからない。
そして何故だかよくわからない生き物たちに囲まれているこの状況ももっと意味がわからない。
狼? 狐? いや違う。そんな可愛らしい動物じゃない。形は確かにそれらに類似しているが、全く別の生き物だ。
グルルル、と喉を鳴らして、牙をむき、欲望のままに口から涎を垂れ流している様はまさに、獣。
匣兵器だという考えも頭をよぎったが、すぐにその考えは否定される。目の前の生き物には知性があるようには思えないし、なにより死ぬ気の炎のかけらも感じられないのだ。
ではこの獣たちはいったいなんだ。そう思うと同時に一匹の狼のようなそれが綱吉に飛びかかってきた。咄嗟に身体を反転させ、獣の首に蹴りを入れる。骨が折れる鈍い音がして、獣は情けない声をあげて地面に叩きつけられた。ぴくぴくと身体を身体を何度か痙攣させたかと思うと、すぐに動かなくなった。それを合図に周りの魔物たちも一斉に綱吉に飛びかかってくる。
綱吉は懐にある己の一番の武器を手にし―――戻した。
変わりに手に取ったのは黒い拳銃。仕事柄肌身離さず持っているそれを獣たちに向け、瞬時に狙いを定めて引き金を引く。あまり銃を得意とはしない綱吉だが、連続でたてられる音と白煙と共に、確実に獣の眉間に打ち込まれる銃弾。獣たちは口から泡を吹きながら次々と倒れ息絶えていく。
飛びかかってくる獣を身を翻してかわし、蹴りを入れて吹き飛ばす。獣は地面に打ち付けられ、体制を立て直す間も与えず銃弾を撃ち込むと大人しくなった。
綱吉はただ無感情に、淡々と“作業”をこなしていく。
綱吉にとってこの行為は、執務室の机に向かって山積みにされた書類に目を通し、自分の名前を書いて書いて書きまくる大嫌いなデスクワークとなにも変わりなかった。ただただ、機械のように生き物の命を奪う自分に、小さく口角を上げる。
いつからだ。こんなにも無感情に命を奪うようになったのは。
ずっとずっと嫌悪して認めなかったこの行為を、なんの抵抗もなく受け入れるようになったのはいつからだ。
俺はいつから、こんな腐った人間になってしまったんだ。
気付けば襲いかかってくる獣はいなくなっていた。辺りには鉄くさい臭いが充満している。地面は獣の血を吸って赤黒く変色していた。それさえも綱吉は無感動に見つめた。
彼はひとつ息を吐いて、拳銃を懐に戻す。そして、
「―――さて、」
振り返って、こう言った。
「そろそろ出てきたら?」