東方鬼人伝
右を見ても左を見ても誰もいなかった
「どこを見てるのかな?」
二度目の声に九郎は顔を上げた
すると金髪の少女が宙にふわふわと浮きながら漂っている
九郎は彼女が人外の類いであることを即座に理解した
「聞いてるのかな? それは私の獲物だよ?」
「ああ、すまねえ」
九郎はあくまで平静を装い
ゆっくりと熊から離れた
「君、見かけない顔だね。 誰かな?もしかして人間?」
金髪の少女の目が怪しい光を帯び
明確な害意が九郎の体を包む
(たぶん、人間だと言うと生きてらんねえ)
そう思った九郎はあれこれと頭を巡らせ
祖父母の言い伝えを使い
「俺らは鬼だ」
と短く答えた
すると少女から怪しい光が消え、毒気のない明るい表情になった
「君はどこの人? 鬼なのに角が無いみたいだけど?」
「山の麓の人里に住んでる、角は人間に化ける為に隠した」
「そーなのかー」
ボロがでないようにできるだけ口数を減らし
簡潔に答えた
「目ぼしいものも取れないし、今日は帰る」
「ん、わかったー……あ、そうだ」
「な、なんだ?」
「私はルーミア、君の名前は?」
「九郎……九郎って名乗ってる」
「そーなのかー、じゃあまたね。九郎」
九郎は声の代わりに笑顔で手を振った
熊の腸に食らいつきながら笑う彼女を見て
声に出して挨拶はできなかったからだった
ルーミアから歩いて離れ、しばらくしてから走った
走って走って
とにかく山を降りなければ
そう思って九郎は山道を走った
それからしばらく
肩で息をしながら走っていた九郎を見慣れぬ風景が出迎えた
「なんだこれ……彼岸花?」
墓場でみかけたその花に九郎はいぶかしんだ
(山にこんなに彼岸花咲いてるとこないぞ……)
不思議続きの今日に慣れたのか
期待感さえ沸き上がっている
まるでおとぎ話のような何かがあるのではないか?
彼岸花を掻き分けて進む九郎
その先にあったのは
「なんだこれ……無…縁…………無縁塚? ここは墓場?」
ガッカリである
少なからず竜宮城やききかじった西洋のおとぎ話のような不思議があると思った九郎は
ガッカリして無縁塚の傍に腰掛けた
「人さこねえかな……疲れちまったな」
拾った木の実をかじってぼんやりと自分の進んできた彼岸花の道を見つめた
帰りたい、だが帰れない
先ほどのようなあやかしの類いに出会うであろうこと
そして誤魔化せないとあやかしの餌になってしまうことを考え
不思議な気持ちとは裏腹に足は立ち上がることをを拒んだ