二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

堕落者2

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
突如部屋に入ってきたのは、ひょろりと背の高い男だった。私を見て気に止める事無く、歩いて来る。私は思わず手元の布団を手繰り寄せ、心持ち、後ろへ下がった。上から下まで真っ黒いその男は、この白い部屋でくっきりと、その姿が浮かぶ。手に持った御盆を、ベッド横の棚の上に置いて、近くに置いてあった椅子を引き寄せ、男は座った。私は横目に、お盆に湯呑みが乗っていたのを見た。
「飲んでいい」
 否。あなたは誰ですか、ここはどこですか、どうしてこんな有様ですか、訳が分かりません。思っていれば。
「失礼」
 男は私の額に手のひらを当てた。
 瞬く間に、白い世界。また戻ってきたのかと気疲れ一つ、足元が気になって視線を下ろすと、そこには大群。一面、猫。息の引きつった音を、喉の奥から聞いた気がしたが、体は微動だにしない。
そもそも、果てまで猫が埋め尽くされているのを、私はどうやら知っていた。猫には色や毛の違いがあったが、しかしその尾は二つある。
 世界に散らばれ。そして彷徨え。我はいつでも見守っている。
そう、思いが湧き上がり、それは私の意志となった。それを自分の運命と思い、周りには同志たちがいるのを確認した。そして私は思うのだ。御意。
 世界が変わった。世界はくるくると表情を変える。ある時、世界は鬱蒼と生い茂った森だった、紺碧の海だった、陽の等しく差す砂漠だった、真っ青な空だった。見えては過ぎ去り、しかし、その情景は恐ろしい程鮮明で、私の目が気味悪い。こちらへ沈み落ちてきそうな曇天に、身に張り付く雨に、さし伸ばされる手に。
 私は誰だ。
 空気の掠れる音がする。布の掠れる音がする。息は粗く、身は震え、頭を抱えた。私に命を下したのは、全知全能なるあの方、そして、私は観察する者。
「あなたは天笠凛だ」
 声がした。そこにはつい先ほど見覚えたばかりの男が、私の額から手を引いて、こちらを見つめるのは金色の目。
あれは私ではなかったのだ。先ほどまで、私は私じゃなかった。あんなもの、見たことも無い。私には知りえない事だった。私は天笠凛。あの大群に紛れていたのは。
「あなたは、観察者……?」
「ああ」
 猫又は、人を化かすという。
「私のことは分かっただろう。次はこの世界について」
 再び伸びる手に、私は怯えた。すると、手は止まる。それを見て私は確信する。
「さっきの、特別な力なの」
「ああ」
 彼は手を引っ込める。
「もう止して、気持ち悪い」
 直接、目で見て、耳で聞いて、手で触った訳でもなく、直接頭の中へ伝えるだなんて。
「御意」
 ぎょい、ねえ。私は改めて目の前の化け物を見る。長い手足、しっかりとした肉付き、黒服に、僅かばかり出た肌の、その白さが際立っている。切れ長の目、すっと伸びた鼻、細く引き締まった唇、その顔立ちは、煌びやかでない、淡白な美しさがあった。目の前の大男は、臆する事無く、その金色の目でこちらの瞳を覗き込むので、私は向き合うのを止めた。
 あの雨の道、途方も無い空白、そして知りえもしない幻影と幻覚、それら全て、どれかが非現実だとしても、私のすぐ隣には化け物がいる。これが夢の続きだったとして、それを認識できないここにいる私は、疑いの余地が無い。
「何で私を助けたの?」
「気まぐれだ」
 返す言葉が無い。
「気付いたらあなたをあの世界から連れ出していた」
「あの世界って」
「あなたの世界観でいうなら現実というものだ」
「現実……」
 復唱すると、化け物は更に言った。
「私の世界観で言うなら、外世界と言う」
「外世界?」
「生命体等の自我を持つ物の概念を内世界と言うのに相対した存在のことだ」
 そこで私の思考は上手く回らなくなった。とりあえず私が忘れてはいけないのは、現実という言葉だ。
「つまり、あなたは私を現実から連れ出した、と言いたいの?」
「ああ」
「ということは、ここは現実ではないという事?」
「ああ」
 現実ではない。ということは、ここは夢だろう。私は胸を撫で下ろし、再度問う。
「じゃあ、ここはどこなの?」
「あなたの内世界の一つだ」
 私が沈黙していると、察して彼は話し出す。
「先ほども言ったが、外世界があなたの言う現実だとすると、内世界はあなたの言う概念だ。外世界から受け取った情報を、あなたが判断をし、区別をし、それらをあなたの方式に基づいて法則化したものを、内世界と私たちは呼ぶ。あなたは比較的内世界を多く持っていて、そのうちの一つに、今私とあなたはいる」
 まるで哲学の話をしているかのようだった。しかし察するに、彼はきっと、至極当然のように事実を伝えようとしているのだろう。
「内世界というのはつまり、世界観という事でいいの?」
「それでも差し支えはない」
「で、私は私の世界観の中にいるって事?」
「ああ」
「外世界と言うのは私のいた現実であって、内世界というのは私に解釈された現実という事?」 
「ああ、そういう事で良い」
 外世界という言葉は理解できた。しかし、自分で言っておいて、内世界という言葉の意味が分からない。概念にしろ世界観にしろ、どちらもつまりは非現実であって、夢のように不安定な、想像の内でしかない代物だ。
 私は、つまりは自分の想像の中に入り込んでしまったという事なのか。
「本当なら私、死んでるの?」
「死んでいない」
 彼は即答した。かと思うと、私の腕を取った。私は身を固くする。
「これはあなたの腕だろう」
 言うと、その大きな手の平からすぐに開放される、が。
「きゃ」
「これはあなたの脚だろう」
 今度は足首を取られた。宙に浮かされた自分の足を目の前に、呆然としていると、すとんと脚はベッドへと落とされ、手は私の顔へ伸びてきた。べたべたと大きな手のひらで私の顔に触れる。
「これはあなたの顔だ」
「ちょ、放して」
 あっさりと、彼は手を放し、言うのだ。
「体という根拠があるのに、死んでいると思うのか」
 じっと、こちらを覗き込む。その目の金色を、まるでこちらへ注ぎ込むがごとく見つめてくるので、私は大人しく首を横に振った。
「私は車に轢かれそうになったあなたを連れ出したのであって、轢かれてしまったあなたを連れ出したわけではない」
 とうとう私にはどうしようもない。
「私は内世界にいるとして、あなたは私を外世界に帰してくれるの?」
「それは出来ない」
「どうして」
 ここまで言って思い出した、あの崩れ去ってしまった空白を。
「あんた、あれ、私の住んでいた世界がどうのって、もしかして、現実の事?」
「ああ」
「出来ないって何。私の現実が私の現実じゃなくなったって、そういう事言ってたよね、どういうこと」
「あなたの属していた世界はあなたがいてこそ現実だった。しかし、あなたはもう属していない。世界は世界であるために、あなたの属さない世界となった。だから私の力を持ってしても、あなたをあの世界へ帰す事が出来ない」
 彼はきっと、努力している。ただ、話がやはり哲学めいていて、それが真実なのだと言われたところで、一意見として聞きとめるぐらいで、つまり、私にとってまるで嘘のようにしか聞こえない。しかし私に打開する術は無い。
作品名:堕落者2 作家名:直美