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堕落者5

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正直、私はテニスの王子様を良く知らない。何しろ、初めてその存在を知ったのはアニメだった。しかしそのアニメは、ストーリーがつまらなくてすぐ見るのをやめた。それ以来、本屋で立ち読みする時だけしか見かけていない。それにしたって絵柄に目を滑らせる程度で、そもそも、本屋へ行くのは、一ヶ月に行くか行かないかだった。
二度目の再会と言えるのが、インターネットをし始めて偶然たどり着いた夢小説だ。このお陰で、と言っていいのか、この漫画が一般のファンにどのように楽しまれているのか理解でき、そしていつのまにか自分もその一員になっていた。
 夢小説はあくまで恋愛がメインであり、漫画やアニメを見ている事を前提としているから、そのまま読んでも、設定やキャラクター自体が分からない事が多い。分かったらより楽しいだろうと思った私は、それぞれサイトでのキャラクター紹介や、テニスの王子様に対する語り、又は所謂ネタバレを巡り、機会があれば古本屋でキャラクターブックを立ち読みした。
 が、ともかく、私は実際のストーリーをあまり知らない。恋愛がメインである夢小説ばかりを読んでいた私は、漫画で建前上メインだった筈の、テニスの試合内容を読む機会が少なかった。そのテニスがスポーツとしてでなく、漫画という娯楽媒体の中で多少の誇張表現があった事は知っているけれど、私のイメージするテニスは、テレビゲームや試合中継で見た、画面の中で細々と動き回っている姿が主だ。
 私の見てきたのはヒロインと共にいる彼らの日常生活ばかりで、作者には申し訳ない事に、テニスというスポーツ面の印象がかなり薄い。そう考えてみれば、この世界はほとんど、私の現実世界と違わないのではないか。漫画特有の奇抜な地名、名称はあるに違い無いが、それを覗けば全く違わないのではないか。
「その通りだ」
 質問をすれば、簡単に返事が返ってくる。
「あなたが持っていたこの世界での不完全な部分は、私が適当に補った。それは主にあなたのいた外世界からだ」
 では、これからを考えていくのに、前の世界とこの世界の誤差はほとんど無いという事だ。
 それから聞くところによると、この世界における私達の立場は、未だ決まってないらしい。このマンションの契約は出来たものの、鈴が何処の誰であるかが本来確定する筈がないように、私もそうだと言うのだ。決して意外ではない。家族もいないここでは当然だろう。けれど、私がいるという事は、少なくとも過去に親がいなければならない。
「親が両方突然死、なんてどんな状況?」
 そう一言呟けば、鈴はぬけぬけとこう言った。二歳頃の私を祖父母の家に置いて、生まれたばかりの弟と通院途中の交通事故にすればいい、と。そう言われて、私が幼い頃、母方の祖父母の家にしばらく住んでいたと、母から聞かされていたのを思い出した。それとともに、鈴が私の記憶を覗いた事を疑ったが、私が心の中を覗くなと言う以前に知ってしまったのかもしれないと自ら弁解し、自己完結させて話を続けさせる。
 私がいない筈のこの世界なので、私と血の繋がった人は誰も居ない。もちろん、親がいないので、祖父母もいない。母方の祖父母はまだまだ現役で、農家を営むほど元気な人達だったし、それに母方の曾祖母でさえも元気な姿しか思い出せないが、無理があるものの、父方を含め全員老衰で死んだことになった。架空の話だが、家族が事故死をした話をするときよりも、その死因に気が滅入る。
 幼い頃に両親を亡くし、祖父母共にこの世から去ってしまった事にされた私は、誰かに保護されなければ生きていけないだろう。もちろん、その誰かというのは鈴以外にいない。鈴が私を養子とするのに妥当な理由は何だろうか。
「私を父方の兄弟にすればいい」
 私はそれで良しとした。そうしたなら、苗字は変わらない。鈴は若い方が動きやすいと言うので、私は叔父の養子となった。
 若い方が動きやすいというのは身体的な意味だと思うが、社会的に、経済的に考えれば動き辛いのではないか。養子というのは、血縁関係があるだけですぐ決められるようなものではなく、養える余裕があると証明出来なければならないのではないか。
「お金はいくらでも出せる」
 鈴はそう言うと、目の前のテーブルに札束の山が出現した。
「先ほども言ったが、私は物体構築を行う事が出来る」
 突如現れた物体は、その存在を大きく私に見せ付ける。もしこれらが無かったところで、隣の化け物の手にかかればどうにだって誤魔化せるには違いないけれど、人の社会の中で生きる言い訳にこれらは必要なのだ。しかしあまりの事に、私は言葉を失っている。
「番号を一つ一つ違うようにしてある。それに、これら番号の紙幣は、これから発行される事はない」
 この大金を所持する理由はどうすればいい。口でそう言う前に、鈴は言葉を付け加える。
「私の職業は人気作家という事にする。人々の考えていることを読み取れる私には可能だ。人の求めるものを提示すれば、人はそれを価値あるものと見て、自然と金を払うだろう。賞をいくつも取ったという事にすれば、社会的地位も向上しやすい」
「鈴」
「何だ」
「よくそう、ぽんぽんと答えられるね」
 少しの間があった。
「そうか」
「そうだよ」
「人と同じだ」
「何が」
「知識から言動をどうするかを考え、導き出している。人と変わらない」
 そう言われればそうだが、納得できない。鈴は化け物だろうに、知識が無くとも良いくせに、即答できるほどの知識があるとはどういった事なのか。私の感情を読み取って察したのか、鈴は話を続ける。
「知識の形態は違う。私には念力がある。そこから得る知識が大半だ。人のように経験から得たものは少ない」
 私はやっと納得がいった。彼の持つ力は限度が無い。先ほどから、どうにも読心でもしているように思えてならなかったが、彼はそういえば予知する事が出来た。私が質問する事を前もって知っておく事も出来たのだ。思い出してみればこの化け物は時空も移動出来るらしいので、念力を応用でも何でもして私の過去を知ったに違いない。
「便利だね」
「何かあれば言えばいい。叶える」
 この化け物は人と違う。知りえない事も知れるとは、人ではない。改めて、念力は、如何なる支障をも容易く取り除く能力だと認識する。
 こいつなら、どうしたって生きていける。それに比べて、私はどうだろうか。一人あの道を選んで雨に濡れていたような私なのだ。それに、前の世界には帰る場所があったけれど、こちらの世界は何も確かな事が無い。
「あんたは、私が自立出来るようになるまで、一緒にいてくれる?」
「御意」
「そうじゃなくて、あんたはいつまでいてくれるの」
「死ぬまで」
 鈴を見れば、顔をこちらに向けていた。もしかして、ずっとこちらを伺っていたのかもしれない。その眼球は水晶のように透き通っていて、私は唖然とする。
「なんでそう言えるの」
「あなたの一生は刹那。可能だ」
作品名:堕落者5 作家名:直美