ふざけんなぁ!! 8
校庭は、朝から運動部員……主に陸上部とサッカー部と野球部が、せっせとシャベルやスコップ片手に、グラウンドに散らばったバイク部品や抉れた土壌の修繕に励んでおり、彼らには物凄く睨まれた。
無理も無い。
空は雲一つないピーカンな青空で、今日もきっと30度を楽々越える暑さに襲われるだろう。
早朝のまだ過ごしやすい気温のうちに、グラウンドを整備したくても時間的に無理だったらしく、彼らは午後から熱中症と戦いながら、期末のテスト勉強も中断してお片づけに勤しむ事になるのだから。
「……はぁあああああ……」
「ため息つくな帝人、幸せが逃げる」
「うん」
靴箱を開ければ、彼女の上履きだけが消え、空っぽだった。
「あああああああ、私の980円がぁぁぁぁ!!」
「驚くとこ其処ですか!?」
「帝人なら有だ。おい、落ち着け!!……あー俺だけど、今帝人の上履きが無くなってた。今学校に来てる奴らで、手隙の奴らに招集かけといてくれ。HR前に終わらせる」
用件だけ言って携帯を切る正臣が、なんかもう黄巾賊のリーダーの面になってるし。
脱会しても、シンパだった人達がなんと150人もそのままダラーズに入ってきており、帝人自身詳しく教えて貰っていないけれど、この学校にも50人以上も手下が在籍しているらしい。
「正臣、こんな事で人動かさなくたって」
「いいっていいって。一般生徒への見せしめも兼ねてるから。グラウンドの奴らもさ、今逆恨みっぽい目でお前の事睨み付けて来ただろ。だったら先に牽制かけときゃ被害も少ねーし」
帝人はまだ知らなかったが、昨日静雄がボコった後、更に手勢を引き連れてグラウンドで死屍累々と横たわる暴走族どもをフルボッコした記憶は新しい筈。
紀田とその取り巻きが、ダラーズでも高い場所を占める幹部クラスだって噂は、今日もう学校中に知れ渡っている訳で。
昨日の今日でカラーギャングが再び帝人の為に動いているのを目の当たりにすれば、一般生徒が仕掛ける虐めなんか、彼らが怖くて二度とできない筈だ。
正臣が携帯を鳴らして僅か10分、増えた人手のお陰か、帝人の上履きは直ぐに見つかった。
大抵、こういう物は焼却炉やゴミ箱に捨ててあるものだが、プールに投げ込まれて中央にぷっかり浮いていて。
直ぐに履けぬよう、水浸しで見つかり紀田はかんかんだった。
「てめぇら直ぐ犯人を探せ。そんで俺の前に引き摺り出せ。やったの多分女だろうけどかまわねぇ。可愛い可愛い俺の幼馴染に二度と悪さできねぇよう、俺自ら締めてやるよ」
指をぱきぱき鳴らす。
勿論はったり半分本気半分だ。
ここまで大事な幼馴染の親友に、デモンストレーションさせておいて、ただ黙って守られているばかりでは女が廃る。
帝人自身、イジメと戦う腹を決めた。
帝人が、今まで静雄のせいで教師達や教頭に冷たく当たられていたのは、学校中の周知の事実だった。
だから安心して今日、誰だか知らないけど、どこかの生徒が虐めを始めたのだろう。
けれど残念ながらその情報は、もう古い。
(まぁ、臨也さんにはちょっと感謝かな)
「正臣、私ちょっと職員室行って来る」
「イジメられてます報告なんかしたって、教師なんてお前の為に動かねぇぞ」
「違う、守りたいのは正臣達♪」
大々的に、彼らがカラーギャングだってカミングアウトさせてしまったのは自分だ。
今後教師が事ある毎に、不良扱いし、目をつけ、嫌がらせを仕掛ける可能性が高いのなら、その芽をとっとと潰しておかなければ。
「策は?」
「任せて♪」
「俺もついていっていいか?」
「勿論♪ ついでに来客用スリッパ借りてくる」
「竜ヶ峰さん、外靴も持っていった方が」
「お、流石杏里♪ 気が利くじゃねーかよぉ♪ また隠されたらたまんねぇもんな」
「えへ♪ 園原さんありがと♪」
「ねぇ、竜ヶ峰帝人さん? ちょっといいかしら?」
下駄箱を離れかけた途端、声を掛けて来たのは帝人の知らない女だった。
腰まである漆黒のストレートの髪は、あまり良く手入れされていなく、制服や手に絡み付いててお化けみたいな第一印象だった。
(うわっ、粘着質っぽい)
「私、二年の贄川春奈と言います。貴女は平和島静雄に相応しくない。さっさと別れなさい」
目が点になった。
「うーん、こういうのは初めてだなぁ」
「まぁ、静雄はツラだけはいいもんな。ファンの一人か?」
「竜ヶ峰さん、あの方、4月に私に那須島隆志と別れなさいって、難癖つけてきた人ですよ」
「ああ、そういえばいたね。園原さんに散々セクハラ仕掛けてきたエロい臨時採用の国語教師。いつの間にか、学校から消えてせいせいしたね」
「那須島が居なくなった途端鞍替えするにしちゃ、メチャ男の趣味悪くね?」
「正臣、それじゃ私まで悪趣味って事になるじゃない?」
一方的な女を無視し、すたすたと職員室へ向かいだすと、「待ちなさい」と激怒した春奈に肩を掴まれる。
だが、その手を正臣が払いのけた。
「先輩もさ、それ、帝人に言うことじゃねーだろ。静雄が好きなら勝手にアタックすれば?」
そのまま、彼は手首を捻って後ろ手に回し、残った手で春奈の長い髪を根元から鷲掴む。
にぃっ……と、凶暴な笑みを浮かべる少年は、もう学年1のナンパ師なんて渾名された名残など、少しもない。
「まぁあんたもさ、堂々と真正面から難癖つけて来たから忠告しとくけど、俺の大事な大事な大事な幼馴染に変なちょっかい掛けやがったら、………輪姦ぐらいは覚悟しとけよ。…………なーんてなっ♪ あいてっ!! 何でぐーで殴るの? みぃかぁどぉぉぉぉ!!」
「馬鹿な事ばっか言ってると、置いてくよ正臣」
「ノォォォォォォォォ!!」
直ぐに元の正臣に戻ってくれたけど、カラーギャングを堂々と率いていた頃の荒んだ表情を垣間見て、胸が痛んだ。
彼が中学時代、何処でどんな喧嘩をし、どれだけ人を傷つけ、己も傷ついてきたかはチャットで聞いていた。人を殺す事は無かったけれど、恋人をリンチし死なせた男を、再起不能になる手前まで、手を汚した事もあった。
過去は消せない。
でも、未来まで昔に囚われる事はないと、帝人自身は思っている。
中学時代に、取り返しがつかないぐらい荒んだ学園生活を送ってしまったからこそ、高校時代は昔一緒に住んでいた小学生の頃のように、三年間彼を楽しく過ごさせてやりたいのだ。
だから、正臣の笑顔を守るのは自分の役目。
(さて、教頭先生はどこかなぁ~♪)
丁度良く、渡り廊下で佐々木教頭を見つける事ができた。
昨日まで、散々帝人をいびり倒してくれた筆頭の登場に、当たり前だが正臣と杏里の目が警戒に険しくなる。
だが、いつもなら直ぐに厭らしい嫌味をぶつけてくる筈の教頭が、帝人を見た途端顔色を変えて立ち尽くす。
逆に帝人はニコニコしながら、小走りに駆け寄った。
「先生♪ おはようございます♪」
「……あ、ああ……」
「……えらくフレンドリィーだな、帝人……」
「うん♪ 昨日の静雄さんの無双ぶりを目の当たりに見て、仲直りしたんです。ね♪」
と、園原さん向けの言い訳を一つ。でも幼馴染は騙されまい。
彼には、後できちんと佐々木のあの変態情報を流すつもりだが、HR(ホームルーム)が始まるまで後10分。
急がないと。
作品名:ふざけんなぁ!! 8 作家名:みかる