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ふざけんなぁ!! 8

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歌を忘れたカナリアは? 1.




「あぁぁぁぁぁ!! ゴメンね独尊丸ちゃん!!」


三者面談があった七夕の夜、静雄の奢りで露西亜寿司のお持ち帰りの楽々ご飯だったのだが、うっかり独尊丸の分を買ってくるのを忘れた。

猫缶で誤魔化したが、滅多食せないお寿司と天秤にかければ、例え獣とて騙されてくれなくて。
かといって、七夕握りはわさびがこんもり寿司ネタにサービスされていて与える事もできず、お寿司をむぐむぐと食べている最中、代わる代わる段々目減りしていく三人の折の中を覗き込み、『ちょーだい♪ ちょーだい♪』と強請りにやってくる独尊丸との戦いは、猫の一方的な敗北となった。

一切れも誰もくれる気配が無く、仔猫は当たり前だが拗ねてしまい、今床で仰向けになり、じたばたじたばた暴れている。
可愛い。

「ねぇ、そう言えばさ……『歌を忘れたカナリア』って、どんな運命辿るんだったっけ?」
突然寿司を頬張っている最中、幽に尋ねられ、帝人も静雄もこっくり小首を傾げた。

「確か、捨てられるんじゃ? うーん」
「あれ、殺されるんじゃなかったか? 俺もよく覚えてねーけどよ」
「私も。確か歌ったのって、幼稚園のお遊戯会の時だったし」

英国のマザーグースもだが、子供向けの童謡は結構残酷である。
歌詞をよくよく眺めれば、『かごめかごめ』や『とうりゃんせ』等、死や生贄を匂わせる薄暗い不気味な言葉が隠されており、結構背筋が寒い。

「歌詞四番まであったような……、あ、ちょっと待って下さい」
携帯を取り出して検索をかけつつ、情報を求めてみるが、一文字ずつだから打つのが遅くて時間がかかる。
こういう時、ネットができるパソコンがあれば入力も楽なのに。

トロトロと打ち込んでいる隙に、テーブルにしゅたっと乗り上げた独尊丸が、早速ガードの緩くなった帝人の夕食に鼻を突っ込もうとしていた。
にゃんこにわさびなんて与える訳にもいかず、内心『わああああああああああ!!』と焦っていたら、すかさず静雄がべしっと指の腹で頭を小突いてくれた。
だが、飼い主の親心なんて猫は知る由も無く。

「ふみゅ、みやぁぁぁぁぁ!!」
「うを、なんだ急に!?」

苛められたと勘違いした猫が、果敢にも飛び掛り静雄相手に、真剣バトルを挑みだす。
絶対適わない筈なのに、……可愛い。


「えーと、幽さんお待たせしました。あのですね……一番から三番まで、歌えないのなら殺してしまえって、殺害方法の相談をバリバリしてるみたいですが、そんなの可哀想だという事で止められて。
四番目の歌詞では、月夜の晩に銀の船に乗せられてます。『忘れた歌を思い出す』で締めくくってるけど、果たして思い出せたのか、それとも駄目だったのか曖昧で。だから、殺されるのを免れられたかどうかも……」

「そっか。じゃあ俺も、そろそろ幕引きかな」
「「は!?」」
「ごちそうさまでした。それじゃ俺は部屋に戻るよ。兄さんとごゆっくり」

寿司を綺麗に食べ終わって、飲みかけの緑茶が入った湯のみだけ持ち、すたすた彼は行ってしまった。
(何なんだろう、今日の幽さんって、輪をかけて変)

そんな幽を、暫く呆然と石になった静雄が、我に返った。
「なぁ帝人、【幕引き】ってどういう意味だ?」

再び、意味を正確に調べる為、携帯をぽちぽち入力する。

「お芝居で、緞帳…幕の開け閉めを行う係りを指しますが、『物事を終える』という場合に、良く使われる言葉だそうです。例えば【人生の幕引き】とか……、あわわわ……」

何でこんなの載せやがるんだ、コンチクショー!!
最悪の例え話に、静雄が目をぎんぎんに吊り上げて立ち上がった。

「かすかぁぁぁぁぁ!! お前、そりゃどういう意味だぁぁぁぁぁぁ!!」
どすどすとフローリングの床を踏み鳴らしながら、彼の後を追いかけて。

「お前に一体何が起こったんだ?! 役者辞めんのか? 自殺すんのか? 言え。俺達はたった二人の兄弟だろう!! そりゃ俺は頼りない兄貴かもしれねぇけど、俺はこれでもお前よりも多く生きてんだぞ!! 悩んでんなら相談ぐらい乗ってやれるかもしれねぇだろ。おいこら幽、何とか言えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

一旦部屋に引っ込んだ幽が、扉を開くと同時に無表情のまま棒つきキャンディ五本を、一気に静雄の口に突っ込んだ。

「むぐぅ」
「怒りすぎると、帝人に愛想つかされるよ。俺、今から勉強したいDVD見るから、せめてコレを舐め終わるまで、静かにしてて欲しいんだけど?」
「……う……」

例え飴のお陰で顎が外れそうになったとしても、帝人の前で食物を粗末にすれば最後、プリンお預け一週間+塩のみのお握りと漬物だけな粗食事のペナルティを食らう。
平和島家の力関係は、断然弟さんの方が上らしい。

その夜は結局、静雄も口の中の飴を噛まずに舐めるうちに落ち着きを取り戻し、幽も相変わらず全て無表情のまま、バトルにもならなくて。
拗ねた喧嘩人形は、勉強部屋に引き篭もろうとした帝人を小脇に抱えてぽすりとソファに降ろすと、膝にごろんと頭を乗せてきた。
膝枕を強請った男は、降りる気配もない。
甘えん坊め。
勿論自分は非力なので、力づくで池袋の魔神を排除する術もなく。
もうこうなったら今夜はテスト勉強を諦め、とことん付き合った方がいいかもしれない。

「……幽もきっと、社会人になって初めての挫折だしよぉ……。臨也の野郎のせいとはいえ、就職できずにフリーターやってた俺が、言ってやれる事もきっと少ねぇだろうし。情けねぇけどやっぱ、あいつの考えが纏まるまで、黙って見守るしかねぇんだろうなぁ」
「……はい……」

TVをつければ、相変わらず【失踪した、羽島幽平は今何処に!?】と、大騒動になっていて、この家にもどんどんマスコミの張り込みが増えている。

「あ、でも……、さっきの静雄さんの怒鳴り声、もしかしてお外に丸聞こえだったんじゃないんですか?」
「ああ、心配いらねーよ。ここは防音設備が完備だ。昔、幽がデビューしたてで、マスコミに追い掛け回され始めた頃、徹底してリフォームした筈だ」

目を瞑りつつ、彼はいつの間にかピンセットと耳掻き棒をこっちに差し出していた。
可愛いおねだり第二弾に、帝人もちょっぴり笑みを零して耳掃除を開始する。

「……なぁあいつ、……幽、……今後どうしちまうつもりなんだろうなぁ?……」
「さあ、私には判りかねますが、幽さんならきっと、何でもできそうな気がします」
「……そうだよなぁ。不思議な奴だけど、あいつ、本当に優秀で、俺の自慢の弟なんだ……」
「はい」

≪そういう静雄さんだって、十分不思議ちゃんですよ……≫と、メンタルの非常に弱い彼が気にするのが判っていたから言わずに、似たもの兄弟だって揶揄する言葉を、そっと飲み込んだ。

「あ、後で俺、お前の耳掻いてやるから」
「い、いいです!!……、だって静雄さんお疲れですし……」
「遠慮すんなって」
「本当にいいですって。昨日麺棒で掃除したばかりですし!!」
鼓膜を破られるかもしれない危機に、帝人は必死で首を横に振りたくった。


★☆★☆★

翌日、何時ものように三人で学校に登校すれば、覚悟していたけれど針のムシロだった。
作品名:ふざけんなぁ!! 8 作家名:みかる