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堕落者10

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いっしょにあそばないかい。今日、かばじがしかけんしんで、午前中いないんだ」
 特に断る理由も思い浮かばなかった私は、歯切れ悪く応対する。彼は笑みを浮かべると、ついてきてくれ、と強引に手を引いて教室を出た。久しぶりの他人の手、幼児の小さな手のひらにびっくりして文句も言えない内に、絵本コーナーまで来ていた。
「これからテストをするぞ!絵本をよんでみてくれないかい」
 彼の目はやはり青いな、と私はぼんやり思う。
「この前かばじによんでくれたらしいじゃないか。ほんとうに君なのかかくにんだぞ」
 同じ奴でいいんだ、と彼は言う。
「なんで?」
「いやなのかい?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、よんでくれよ」
 言葉遣いはどうであれ、目の前にいるのはやっぱり跡部らしい。
 樺地に絵本を読んだのは、今となっては先週の事だったが、彼の仕舞った場所を思い出して見てみれば、そこにはまだあの絵本が入っていた。
「だけど、絵本がどこにあるか忘れたよ」
「じゃあちがうやつをよんでくれよ」
「やだよ」
 今頃、教室では私を抜かしてお絵かきが始まっているのだろうか。跡部には悪いが、跡部に本を読み聞かせるよりもお絵かきの方が楽しい。
「かばじにはよんでくれたじゃないか」
「むーちゃんは読めないから読んだの」
「なんだい、むーちゃんって」
「かばじむねひろでしょ?だからむーちゃん」
「ずいぶんとへんなあだなじゃないか」
「むーちゃんが良いって言ったから」
 埒が明かないが、話が反れ始めているのはこちらに都合がいい。
 と、決め込んでいたが。
「ちょっと待ってくれ、はなしをもどそう」
 自分から反れただろうに。
「ほんとうによんでくれないのかい」
「うん」
「これだけたのんでもかい」
「だって、字読めるんでしょ?自分で読んだら?」
 初日に文庫本を広げていた彼ならば、読めるに決まってる。跡部は黙った。
「というわけで、じゃあね」
「まってくれよ。よめないぞ。よめないからよんでくれよ」
「私、嘘つきは嫌い。じゃあね」
 別にそういった方針は無いが、今ここから去る理由にはもってこいだ。
「まってくれ。あやまるからよんでくれよ」
 跡部は両手で力強く私の袖を掴んだ。こんなに頼みまれるとは思わなかったので、私は思いとどまる。
「なんでそこまで?」
「さいしょにテストといったじゃないか」
「テスト?」
「君のテストさ」
 これ以上話していても長くなるだけだと、私はとうとう諦めた。
「わかった、読むよ」
「ほんとうかい?うれしいな、たのしみだぞ」
 面倒に巻き込まれたと渋々だったが、その言葉を聞いて、ふと私は感動した。そんな直球で好意的な言葉を他人から言われたのは、久しぶりだった。そして、今更ながら相手が子供だった事を思い出した。
 私が本棚から絵本を取って戻ると、表紙を見て彼は言う。
「なんだい、ばしょを知ってたんじゃないか。君のほうがよっぽどうそつきだぞ」
「そうだね」
「なんだい、きゅうにすなおじゃないか」
 そう得意げに言う跡部は無邪気に笑った。
むーちゃんに読み聞かせたのが、まるで昨日の事のようだ。あの時、絵本を読んでいる間、むーちゃんは少し笑窪を浮かせて、大人しく私の隣に並んでいた。
 跡部は、
「……橋の下には君の悪い大きなトロルが住んでいました。ぐりぐり目玉は皿のよう、突き出た鼻は火かき棒のようでした」
「トロルってのはばけものでわるいやつなんだぞ、ひかきぼうはだんろとかのすみをかき回すぼうだぞ!」
 と自分の分かる言葉が出れば私に教え、
「……大きな石も二つある。肉も骨も粉々に砕くぞ」
「大きな石?なんだいそれ」
「次読めばわかるから」
「ならさっさとよんでくれよ」
「……蹄で肉も骨も木っ端微塵にして」
「そうか!大きな石ってひづめの事か!」
 と分からない事があれば横から口をいれ、
「……もしも脂が抜けていなければ、まだ太っているはずですよ」
「あぶらがぬけてなければ、ってなんだい」 
「うーん。脂が抜けるって言うのは、つまり山羊達が痩せるって事だと思うよ」
「じゃあ、やせてなければ太っているって事かい?」
「じゃない?」
「そんなのとうぜんじゃないか」
 と話にけちをつけた。終いには、
「……――そこで、ちょきん、ぱちん、すとん。おはなしはおしまい」
「ちょきんぱちんすとん、ってなんだい」
「多分、意味は無いよ」
「書いてるのに、いみがないのに言うのかい」
「昔話ってそういうもんじゃない?」
「これは絵本だろう」
「えーと、ほら、北欧民話って表紙に書いてるじゃん。元の話は昔話だよ」
「じゃあ、昔ばなしだと、いみのないことばをさいごに言うのかい」
「まあ、大抵そうじゃない。とっぴんぱらりのぷうとか、どっとはらえとか、そういう奴の仲間だよきっと」
「なんだいそれ知らない」
 といった具合に、話を綺麗に終わらせてはくれなかった。
 いちいち話を中断されて気分は悪かったが、目の付け所は跡部らしく、的確だったので、これはこれで楽しく時間を過ごせた。一回読んだだけだったはずだが、もうそろそろ教室遊びの時間だ。次は体育なので、彼が隣の席に座る事も無い。そして、多分彼の私への用事はもう済んだ。午後にはむーちゃんも帰ってくる。
「ありがとう。楽しめたよ」
「それはよかった」
 私たちが絵本コーナーから戻ると、途中、先生の呼びかけで走らされた。
 教室遊びこと授業モドキの時間は、私が予測していた通り、跡部が私の所へ来る事も、話しかけてくる事もなかった。昼はいつも、跡部はどこかへいなくなるので、会うことも無い。しかし、私の読みが当たっていたのはここまでだった。
「凛!いくぞ!」
 歯を磨き終わって、さあうがいだ、と口に水を含んでいた時だった。跡部の元気な声が背後から聞こえた。仕方がないのですぐ水を吐き捨てる。
「ちょっと待ってよ」
「わかった、まつぞ!」
 のんびりうがいをしてから振り向くと、跡部は本当に私の言い付けを守って待っていたようだ。
「さあ行くぞ」
「ちょっと待ってよ」
 早速手を引っ張る跡部に私は呆れた。
「なんだい、まっていたじゃないか」
「歯ブラシとか片付けに行きたいんだけど」
 そう言って片手に持った歯磨きセットを見せると、跡部の握っていた手が少し緩む。
「仕方がない、付き合うよ」
 私は黙って自分の教室へ向かう。跡部は後ろに付いてきた。しかしこの跡部、午前といい、何の用があって私に話しかけるのか。
 私が鞄に入れたのを見届けると、跡部はすぐさま腕を取った。今度こそ何も言えないまま、私は跡部に歩かされる。跡部に着いて行って辿り着いたのは、木の芽のさくらんぼ組だった。教室の前には、なんとむーちゃんが立っている。
「かばじ!つれてきたぞ!」
 そう言って、私の腕をぐいと引き、むーちゃんの前へ背中を押して突き出した。私もそうだが、目の前の、跡部より一つ下の子供は、どう反応していいものか困っている。
「で、どうしたの」
 尋ねて答えられそうなのは、残念なことに跡部だけだった。
「かばじがもう一度会いたがっていたから、会わせたんだぞ」
 私はむーちゃんと顔を見合わせる。私としても、もう一度会えたのは嬉しいが。
「で?」
作品名:堕落者10 作家名:直美