Please let me get drunk
こんな事は初めてだった。
自分で自分が分からなくなるなるなんて。
バーナビーは焦げ目の付いた襷を何故持ち帰ってしまったのか、その理由が知りたくて彼に電話をかけた。
医者が言うには傷は深くないと言うことだが、彼も普段は不真面目ではあったがそれなりに鍛えていたということだろうか?
青い炎が彼を包んだ時に一歩も動けなかった自分を恥じる。
炎が視界を覆う恐怖に手足がすくんだ。
コール音が数回で繋がった。
知らず舌で唇を濡らす。
「どうした、…眠れねぇの?」
心もち柔らかめの口調で語りかけた。
ノイズのあまりないほぼ肉声に近い声が耳元でするだけでバーナビーの心臓が跳ねる。
虎徹は電話越しの彼の様子を察して無理もない、と思う。
激昂した彼の様子とファイヤーエンブレムからの情報をまとめただけでもいくばくかの想像は出来る。
辛いという一言では言い表せない事があったんだろう。
4歳の時点で孤独な人生を歩まねばならなかった。
親の敵かもしれない手掛かりがまた消えたのだから。
電話口には肉声より少しこもりがちな声色。
「やせ我慢が得意なおじさんが心配で」
いつものように軽口を滑らせてみてもバーナビーの手は震えていた。
モニター越しでなくてよかったと心底思う。
どんな表情で映ればいいのかわからない。
「そうかよ。まぁ大丈夫だよこう見えても俺だって鍛えてんだしよ。」
「誰も心配とか言ってません。無茶はしないで下さいと釘を刺したくて。」
素直によかったと口にできればどんなにいいか。
もし彼が炎に包まれたままその命まで燃やしてしまっていたらと。
肩口の傷は一生残る傷ですか?
それとも綺麗に治ってしまいますか?
どちらにせよあの時の貴方の背中は僕の中から消えはしないでしょうけど。
蒼い炎が迫ってくるあの一瞬。
身体が竦んで動けなかった。
ヒーローとして失格とも言える。
「ったく、無茶はお前の方だろ、俺はもう誰も傷ついて欲しくねぇンだ。」
そう言って鼓膜を震わす声色。
「僕だって見たくありません。」
存外強く発してしまった言葉に相手は驚いたようで。
「…あのな、バニー。俺、電話とか苦手なんだわ。言いたいことあったら直接言いに来いよ。」
バーナビーは話の展開が解らなくて怪訝そうな声を上げる。
「え?」
返答に困ってるとだいたいの目印と住所を伝えられて。
「早くな。」
一方的に通信を切られてしまった。
相変わらずの傍若無人振りになんだか気が抜けた。
一呼吸置いて。
彼の顔を見る大義名分ができたけれど、それでこの感情の理由が解るんだろうか。
性格も合わないし、何より一番苦手な人種だ。
おせっかいでがさつで。
人の心情なんかお構いなしの僕とは正反対の人種。
それなのに。
何故こんなに動揺してるんだろう。
すすけた襷にもう一度視線を向けて手に取ると、彼の体温が残ってるような不思議な感覚。
ため息をひとつこぼしてバーナビーは部屋を出た。
ライダースーツを撫でていく風の冷たさが昂った感情を程良く冷やしてくれているようだった。
「よう!遅かったじゃねぇか」
インターフォンを押す前に扉が開いて少し驚く。
その顔がよほどおかしかったのか今まで見たこと無い笑顔でバーナビーは思わず目をそらした。
「何にしたらいいか迷ってて…」
「はぁ?」
人の家を訪ねるのに手ぶらでは何だし、しかも見舞いと言う大義名分があったので。
差し出したのは前に彼が好きだと言っていたお酒。
「なんだよ、気を使わなくてもいいのによ、まぁいいや入れよ。」
再び手を握られて引き込まれた
扉が閉まると同時に緊張を悟られまいと余計に表情を硬くした。
そんなバーナビーの状態を気に留めるでもなくソファーに座らせ虎徹はいそいそとキッチンからグラスを持ってきた。
「お前も飲むだろ?」
どかりと横に座り、答えも聞かずにグラスへ注ぐ。
「僕はバイクですのでいりません。それに…。」
「それに?」
なんだか嬉しそうに口元をゆるめて虎徹は反復する。
「…それにあなたは今日怪我をしたんですから、アルコールは控えたほうがいいんじゃないですか?」
一瞬の間の後豪快に笑われて。
「バニーちゃんらしいな。けど持ってきたのはお前さんだし、土産をその場で頂くっつーのは礼儀だろ?」
確かにそうだ。
けれど、安静にした方がいいのは確かで。
「じゃぁな、解決策。一杯飲んだら終わりにする。そんでもってバニーちゃんは今夜泊っていけばいいだろ?」
さらりと言われた台詞。
何の意図も無いはずだが、受け取る側にしてみれば複雑以外の何物でもなかった。
彼の親友のロックバイソンでもない。
プライベートを共有する事が出来る友人でもない。
そんな自分が何故泊らなければならないのか?
「…部屋が不衛生すぎます」
意志の強そうな眉毛がへにゃりと歪む。
「ったく。大丈夫だよ、こんなんじゃ死にやしねぇし、ゲストルームは綺麗だよ。ほら、飲め。」
埃くらいは溜まってかもしれねーけど、という心の呟きは音にはならなかった。
バーナビーは目の前に差し出されたグラスを無言で受け取る。
「お前はいちいち考えすぎなんだよ。」
「おじさんは考えなさすぎるんです。」
しばしのにらみ合いの後。
「ったく、怪我人にも容赦ねぇのか、このルーキーは。」
そう言われてようやく本来の目的を思い出した。
目の端に映す肩口の怪我。
当てられた布の大きさで深刻そうでないのが解ってそっと息を吐いた。
おもむろに空いている方の手を取られ彼の肩に添わされた。
「な、大丈夫だろ?」
触れた肩は思ったよりも熱を持ってる事も無く腫れているようでも無かった。
しかし火傷の跡の痛みは想像以上に辛いものだ。
「これじゃぁよくわかりません。」
間近で覗きこむ琥珀の瞳は悪戯に光った。
「せっかく綺麗に巻けたのに、バニーちゃんがまた巻き直してくれるんだよな?」
何が楽しいのかくすくすと笑みを載せて。
白い布が解かれて消毒液を含んだシートをはがせば、確かに深刻なほどのケロイド状にはなっていないようだった。
それでも軽傷とは言えないのではないだろうか?
パワーを使っている時だったにせよ生身で炎に向かうとは。
自分にはできない。
「気が済んだか?」
「…はい。」
確かに気は済んだ、けれど網膜に焼きついた傷跡は一生残りそうだった。
「跡…残りますよね?」
「ん?ああ、平気だろこんなん。」
そっけなく言われ、それが彼なりの慰めなのは解っていてもバーナビーは何と言っていいか言葉に詰まる。
「さっきも言っただろ、大丈夫だって。俺が傷つく分にはいいんだ。」
その言葉に何故かカッとして。
「そんな自己犠牲いらないんですよ!」
語尾が震えてただろうか。
「…そんなのは…」
うつむいてとっさに顔を隠す。
軽く嘆息を漏らして、虎徹はうつむいたままのバーナビーの頭を引き寄せた。
「悪い、そうだったな。」
作品名:Please let me get drunk 作家名:藤重