Please let me get drunk
激昂して自分の事情をこの人に吐露していたことを思い出した。
別に同情してほしくて話した訳じゃないけれど。
背中を撫でる温もりに嫌悪でない何かを感じまぶたを閉じる。
心臓が痛い。
息が詰まって呼吸がしづらい。
どうしてこんなに感情が揺さぶられるんだ?
「…っもう…こんなことはやめてもらえますか?」
ぴたりと止まった掌の温もり。
「あ、つい…わりぃ。」
背中から消えた温もりに胸が痛んだ。
「僕を庇うとかやめてください、ね。」
一瞬の間の後。
「ああ…そっち?」
子供の慰めのような行為ではなく。
虎徹の安堵のような呟きに妙におかしくなって思わず笑みがこぼれた。
「…バニー」
ごくりと、男の喉元が動くのを不思議な感覚で見つめる。
「何です?」
「名前呼ばなくても怒らないんだな?」
すっかり自分でも無意識の事を指摘されて急に湧いてきた羞恥心。
「…何度言っても直らないんで否定するのも疲れたんですよ!」
ムキになって抗議すると、つい拳で目の前の胸板を叩いてしまった。
「いっ!」
当然のごとく呻き声が上がる。
「あ、すいません。つい。」
「ったくよー」
「…すいません。」
本当に今日はどうしたのか、仕事上のパートナーとしての彼とのスタンスがよく解らなくなってきた。
どうしてこんなに。
喉が渇く。
「バーナビー」
そんな折、不意に名を呼ばれて彼を見る。
今、確かにバニーではなくバーナビーと呼ばれたような。
「そう言えばお前、俺に何か言いたいことあったんじゃないの?」
ここに来た目的を今さらに思い出した。
「…さっき言いましたよ。」
「…それだけか?」
なにか言い忘れたことがあっただろうか?そもそも彼が自分の言いたいことを解っているはずもないのに。
「ええ。」
2、3度瞬きを繰り返す。
「そうか。じゃぁ、この話は終わりだな、飲もうぜ。」
急に距離が開いたその空間がやけに寒く感じた。
カチン、とグラスを合わせて喉を潤すと思いのほかアルコールが高くて喉が焼ける。
まるでこのおじさんのようだと。
飲み口はそれなりに厭味なく、舌先にあたるとピリッとした刺激と喉元を過ぎて残る甘さ。
そんな思考を巡らせた自分自身にバーナビーはめまいを覚える。
「なぁ、バニー」
そんな折に話しかけられて異様に驚く。
「なんですか?」
「シャワーとか…。」
なんだろう、この歯切れの悪い言いかたは。
泊っていけと言った手前慣れない気でも使っているのか。
「家でもう浴びてきましたけど。」
それはそうだろう。
戦いの後でそのままでいる方がおかしい。
「・・・ああ、そう。そりゃそうだよな。」
「変な人ですね。僕汗臭いですか?」
もしかして、気がつかないうちに緊張の所為か発汗していたのかもしれないと、そわそわし始めたバーナビーを横目で見てあまりのおかしさに知らず笑いがこぼれる。
「そうじゃねぇよ。ま、気にすんな飲もうぜ。」
そう言ってぐいぐいと酒を飲み始めた。
時間がたってグラスについた水滴が零れ落ちて虎徹の着ているラフなタンクトップに染みを作る。
間が持たないのと喉が渇いていたのでバーナビーもつられて飲み始める。
気がつくとグラスは空になり、すかさず合間を見てグラスに満たされるアルコール。
緊張と疲れでアルコールの周りが早いのか、少し思考に霞がかかってきた。
「そう言えば、おじさん1杯だけとか言ってませんでした?」
会話を成立させるきっかけ。
「堅い事いうなよ。」
「堅くないです、ふつーの事でしょう。あなたはヒーローなんでしょう?なら緊急招集に応答できるように万全にしておくのが…。なんです?」
いつものようにふてくされるか、言い返してくるかと思っていた虎徹の意外な反応。
まっすぐ見つめる瞳に囚われる。
「いや?俺の事を気にかけてくれて嬉しいな〜ってさ。」
眉の下がった笑顔に顔が熱くなる。
「べっ、別にふ、普通じゃないですか?このくらいは。」
「普通…ねぇ?」
急激にアルコールが回ってきたのか頬が胸が熱い。
虎徹の意味ありげな視線から逃れたくてたまらなくなるが、そんな事は性格上出来なくて。
いつもふざけているような琥珀色の眼差しが時折深みを増して煌めく。
そんな瞳の奥に自分が映っている。
その一瞬でも、胸が熱くなると同時に締め付けられるのはどうしてだ。
こんなのはおかしい。
きっと酔ったに違いない。
「さっきから何なんですか?!言いたい事がるならいつものようにずけずけと言ったらいいじゃないですか。」
どうしてかこの人の前だと感情の起伏が激しくなってしまう。
「落ちつけよ。」
また手を握られてびくりと身体が震える。
そのまま引き寄せられて腕の中に囲われる。
「もういいんだ。おせっかい、お前が嫌がるのも知ってるけどどうしても放っておけない。危なっかしくて。」
「危なっかしい?それは貴方の方でしょ?」
虎徹の腕の囲いから逃れようと、画策するも出来なかった。
「・・・怖い想いさせたな。悪かった。これに懲りたらお前も無茶すんなよ。」
「こわい?」
「━━━━失う怖さを味あわせて悪かった。」
いっそ窒息しそうなほどに抱きしめられる。
どうして?
苦しい。
辛い。
助けて。
どうしてその台詞をあなたが口にするんですか?
アルコールの所為だけじゃない身体の奥から湧き上がってくる熱。
つま先から押し寄せる波。
肺を握りつぶされるかのような感覚。
「・・・・っつ。」
口から飛び出そうになる嗚咽をかみ殺して。
「俺も同じだよ。・・・同じだ。」
耳元に落ちる、言葉に乗せた感情の重さがバーナビーの身体に染みた。
いっそこのまま締め付けてがんじがらめにしてくれたらいいのに。
腕の囲いが無くなるのが怖い。
あふれ出した感情のおさまりどころがわからなくて。
「・・・っふ。」
こらえきれずに唇の隙間からこぼれ出た吐息。
「バニー?」
「なんでもありません。」
答えるかわりに頭をなでられた。
癖っ毛の流れを梳くように武骨でいて繊細な指先が耳元を掠めるとビリッとそこから静電気でも発したかのように痛みと共に痺れが伝う。
甘い疼きが走るのに余計戸惑いを覚えた。
珍しいおもちゃを見つけたかのように再びバーナビーのサイドの髪の毛を掻き上げ耳を顕わにした。
指先で耳たぶを摘まんでいじる。
「ちょっ・・・やめっ!」
「やだね。」
「やだね、っておじさん酔っ払ってるんですか!いたずらにしても性質悪っ・・・ん」
意識せずに漏れる吐息の甘さが、ギリギリの均衡を崩した。
「ああ、酔ってる。」
「え?」
まつ毛の先が触れるほどの距離で覗きこむその瞳はバーナビーが見知っているいつもの人物とは掛け離れていた。
「俺は酔ってる、だからお前は何も悪くないよ。」
反論の余地は与えられなかった。
作品名:Please let me get drunk 作家名:藤重