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傍にある温もり

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 それを見つけたのは、単なる偶然だった。
同じ場所に住んでいるのだから遭遇しない方がむしろ不思議なくらいなのだが、いざ目の当たりにしてしまうと何だか妙な心地がしてしまうのは、果たして気のせいなのか。

「…さて、どうしたものだろうな」

 いっそ静か過ぎる部屋の中で一人呟いて、ヴィルヘルムは目前の光景を苦笑混じりに眺める。
 広々とした居間の真中に位置するソファに寝そべったまま、気持ちよさそうに寝息を立てている黒髪の男が一人。つい数時間前に任務を終えて戻ってきた自分の部下であることに間違いはないはずなのだが、こうまでも無防備に眠っている姿を見ると些か拍子抜けしてしまいそうになる。
 近頃立て続けに仕事が舞い込んできていたから、疲れが溜まっていたのだろう。これでもかという程タフなのは自他共に認めているが、それでも限界がないわけではない。湯を浴び着替えて、一息ついたら気が緩んで眠ってしまったか。すぐ其処のテーブルに報告書と思しき書きかけの紙が数枚散乱しているから、きっとこれを書いている最中に睡魔が襲ってきて負けた、と考えた方が納得できる。
 暗殺を生業としているくせに、随分と隙だらけなことだ。
…尤も、此処がそうそう敵に襲われるような場所ではないと分かりきっているからこそなのだろうが。そういう意味では、何の憂いもなく安心しきっていられることに嬉しさを感じてしまう。
 とはいえ、このままでは風邪をひいてしまいかねない。ベッドまで運んでいくことも出来なくはないが、起こしてしまうのも忍びない気がする。こうして気持ちよく眠っているのだから、出来れば自然と目覚めるまではこのままにしておいてやりたかった。

「…まぁ、この時期だから平気だろうな」

 確認するように頷いて、ヴィルヘルムは音を立てないよう気遣いながら居間を出た。廊下を足早に歩いて行き自分の部屋に辿り着くと、毛布を一枚手にして戻ってくる。
 さすがに、何も被せないよりは幾らかましなはずだ。外の空気もそれ程寒くはないし、これだけでも充分だろう。逆にやりすぎてしまうと良くないので、程々が一番だ。
 広げた毛布を肩から被せてやり、自分は反対側のソファへと腰掛ける。やることもなさそうなので、散乱した報告書を纏めるついでに軽く目を通しておくことにした。
 相も変わらず綺麗な字とは言えないが、長年やってきただけあって内容は簡潔且つ的確に書かれている。誤魔化しなんてものは一切しない主義なのか、たとえ失態をしたとしても漏らさず報告していた。そして、どうすれば回避できたのかも自省を兼ねてしっかりと記している。おそらく、それが彼を組織のナンバーワンとしている所以なのだろう。実力もさることながら、失敗したことから目を逸らさずにいるのはあまり出来ることではない。
 …まぁ、それ以外にも理由はあるのだろうが。すべて済んでしまった今となっては言及しても意味はなさそうだ。
 ざっと目を通した限り、今回は何事もなく終わったらしい。書きかけなので最終的なことは分からないが、あまり心配しなくてもよさそうな気がする。何よりも、こうして怪我もなく無事に戻ってきたのが良い証拠だろう。
 だが、それでも危険な仕事であったことに変わりはない。いくら腕が立つとは言え、蓋を開ければ生と死が紙一重で存在する世界だ。一歩間違えれば、彼も命を落とす危険性がある。
 改めて認識すると同時に、身震いした。もう何度も繰り返してきたことだから慣れてはいるが、それでも脳裏によぎったものが現実にならないとは限らないのだ。何もかもが、上手くいくことなど有り得ないように。

「…つくづく、臆病だな。私は」

 小さな溜息と共に、自嘲の言葉が滑り出す。聞かれていないと分かりきっているからこそ、口に出来る台詞だ。
 最初は、上司と部下という至極単純な関係でしかなかったのに。時間が経つにつれて、気がつけばその関係は緩やかに変化をし始めていて。そうして今に至る頃には、すっかりお互いが必要不可欠な存在にまでなっていた。
 だからこそ、失うのがひどく恐ろしい。表にこそ出さないが、怪我をして戻って来ようものなら生きた心地がしなかった。大したことはないと頭では分かっていても、胸の奥で音もなく増大していく不安は時折自分を押し潰しそうになる。
 らしくない。こんな風に思い悩むのはどれくらい久しぶりなのやら。考えても詮がないというのに、どうして止められないのか。

「いいんじゃねーの? そういうとこがあったって、さ」

 また溜息をつきかけた刹那、ふと自分以外の声が聞こえてきた。予想外のことに思考が止まり、次の瞬間弾かれたように顔を上げる。視線の先では、ついさっき毛布をかけたはずの相手が丁度欠伸をしながら起き上がる所だった。しっかりと目は開いているので、寝ぼけているという選択肢はまずない。

「…レン。お前、いつから起きていた」

 呆気にとられたまま、思わず問いかける。問われた相手はわざとらしくあらぬ方向を見ながら、毛布の中で指を折る仕草をしていた。何だか、少し苛つく。

「とりあえず、分かってるのは毛布かけてもらって、お前が報告書読み始めたとこ辺りから?」
「成程分かった、お前は人が色々考えて沈みかかっていたのを楽しそうに薄目を開けて眺めていたということだな。よく分かった、それなら望み通り消し炭にしてやろう滅びろ」
「ちょ、待てよ! 別に眺めて楽しんでたとかそんなわけじゃねえんだから、怒ることないだろ! 炎仕舞え炎!」
「ほう、ならば言い訳を聞こうか。言っておくが、下らない理由なら即刻焼かれると思え」
「…それって何言っても同じ結果になるってことかよ」

 絶対零度の笑顔で切り返してやれば、相手の表情が分かり安すぎるくらい引きつる。一先ず右手を覆うように揺らめいていた青い炎を消してやると、ほっとしたように胸を撫で下ろした。…余程焼かれるのが嫌らしい。
 そうして、沈黙が落ちる。元々静かだった部屋には何の音もしなくなり、ただ目の前で言葉を探すように視線を下に落とすレンの姿が網膜に映るのみだ。

「…何て言うか、さ。声掛けづらくて、ってのが本音かな」

 やがて、小さく滑り出した言葉。その思いがけない理由に驚いて相手を見れば、変わらず俯いたままで。心なしか、沈んだ声音に聞こえるのは気のせいなんかじゃない。

「そりゃすぐに声掛ければよかったのかもしんねーけど、そうしようとした矢先にお前は報告書読み始めるし、しかもそれからずっと表情硬いままだったしな。おまけに、溜息もプラスされたら馬鹿な俺でも何となく分かるって」
「……」
「俺だって、怖くないって言ったら嘘になる。殆どの場合、失敗したら死ぬしな。そういう状況でずっと生きてきたから、慣れてた部分もあったけど、それでも死んだらもうお前に会えねーし、声も聞けなきゃ抱き締めるのもキスするのだって出来ねえ。そう思うと、心臓が止まりそうなくらい怖くなるし、無事に生きて帰れるんだろうかって不安で一杯になったりだってする。
 …けど、怖くてもやらなきゃ俺が死ぬし、四の五の言ってられる状況でもねえし。それにさ、帰って来てお前の顔見れた時が一番幸せなんだぜ? 本気で、生きててよかったって思うし」
作品名:傍にある温もり 作家名:るりにょ