傍にある温もり
「…随分大袈裟だな」
「そうでもねーよ? 何たって、最高のご褒美があるしな」
言って、レンは此方に差し伸べてくる。何事かと面食らう自分に「来いよ」と一言だけ告げてそれ以上は口にしない。
聞いた処で答えなど返りそうになかったので、やれやれと溜息をついてヴィルヘルムは立ち上がった。テーブルを回り込み隣へ腰掛けた途端、ふわりと。彼に掛けられていた毛布が自分にも被さってきた。おまけに、何だか抱き寄せられている気がするのだが。
「レン、いきなり何を」
「温かいだろ? これが俺にとってのご褒美ってわけ」
「…何を言うかと思えば」
「ふざけてなんかいねーよ。それに、案外いいもんだろ? 不安で押し潰されそうな時は、誰かが傍にいてくれれば落ち着くし。それが好きな奴だったら、尚更嬉しい」
声につられるように見上げれば、金色の目とかち合った。優しく見下ろしてくる一対の硝子玉に、どうしてか吸い込まれそうな錯覚を覚えて。慌てて逸らさなかったら、きっと口付けでもしていたに違いない。…それはそれで、向こうが喜びそうだが。
とはいえ、それくらいのことでレンが気を悪くするはずもなく、むしろ嬉しそうに微笑んでくれるものだから手に負えない。
どちらにしろ抜け出すことなど到底不可能に近いので、大人しく肩口に頭を預けることにする。
ただ体を寄せ合っているだけなのに、すぐ傍にある温もりがひどく心地いい。知らぬ内に冷え切っていたらしい掌も次第に体温を取り戻してゆき、それに合わせるかのように心の中に蟠っていた不安がゆっくりと掬い上げられ、さらさらと落ちて消えていく。
「…確かに、悪くないな」
「だろ? だからさ、色々考えて沈むくらいなら俺の隣に来いって。上司様の不安を解消するのも、部下の役目だしな」
「普通そこは逆じゃないのか」
「ま、そこは敢えて気にしないってことで」
「…全く、お前という奴は」
わざとらしく溜息をついてはみるが、自ずと笑みが浮かんでいるのが自分でも分かる。彼が言うように、一人で考えを巡らせていても仕方のないことなのだろう。
どう足掻いた所で、未来など誰にも予測できやしないのだ。それなら、今此処にある温もりを感じていられる方がずっと良い。まだ可能性の段階で怯えて生きるのは、らしくないのだから。
そう思い、ヴィルヘルムはそっと目を閉じた。視界を遮ってしまえば、後に残るのは微かに香る石鹸の匂いと、毛布の下で溶け合う体温だけ。それらに誘われるように、闇の中へと意識が滑り落ちてゆく。けれど、怖いとは思わない。
そして数分もする頃には、規則正しい寝息が二人分聞こえ始めていた。