【6/12サンプル】rivendicazione【臨帝♀】
結果的に、どうにかなった。
ギャル三人組のリーダー格らしい少女の鞄と携帯、それに少女の彼氏の頭髪を犠牲に、文字通りその場を切り抜けた。
少女の携帯を何度も踏み潰しながら高笑いし、彼氏の髪形を一瞬にして月代に変えて楽しんでいた愉快犯は、変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。彼は助けてくれようとしてあんなことをしたのだろうか。お礼を言うか迷ってしまうのは、その方法が非道で残酷だったからだ。少なくともあんな風に笑ってやることではない。
ちらっと園原さんのほうを見ると、無表情のままではあるがどこか居心地が悪そうだった。ですよね、と僕は心の中で頷く。
「いやー本当に偉いよねぇ。苛められてる子を助けに行こうとするなんて」
男性の発言を聞いて「え?」と園原さんが不思議そうに振り向いた。助けに行こうとしていたのは事実だけれど、僕は何も出来なかったし、園原さんを助けたのはむしろ発言した男性のほうだ。
えへへ、と僕は笑って誤魔化す。
そして先ほどから不自然に黙り込んだままの紀田くんに怒りを向けた。八つ当たりというよりもむしろ、気が置けない友達だからこその甘えである。
(こういう時にこそその無駄に回る口を使ってよ……っ)
救いを求めて紀田くんのほうを窺うが、紀田くんの顔色の悪さに思わず目を瞠った。血の気が引いて真っ青になっている。
「久しぶりだね、紀田正臣くん」
ただの挨拶にしてはなんだか含みのある言い方だ。
紀田くんの表情が不自然でなければ、紀田くんて本当に知り合いが多いなあなんて微笑ましく思えたかもしれない。
紀田くんがこんな風に気を張るなんて、一体この人は誰なんだろう。
そんな僕の疑問の答えはすぐに示された。
「本当に、久しぶりですね……臨也さん」
その名前は、先日京平さんと紀田くんに散々関わってはいけない近づいてはいけないと注意を受けた人物の名前だった。
オリハライザヤ?
この人が?
反射的に振り返ったらばっちり彼と目が合ってしまった。にこっと、それまでとはちょっとニュアンスの違う笑みを向けられて、言葉に詰まるどころか息が詰まった。
「紀田くんの友達? 俺は折原臨也、よろしくね」
「あっ、竜ヶ峰、帝人です……」
正直に名乗ったら隣の紀田くんから「頼むからそれ以上は何も言うな」と言わんばかりの目でおもいっきり睨まれた。
(ええっ、だってこの流れでは名乗らないほうが変でしょう…… ! ?)
紀田くんの過剰な反応に困惑するばかりの僕に、愉快犯もとい折原さんは「エアコンみたいな名前だね」と言った。
それって本名なの、だったり、偽名みたい、だったり。
僕が名乗ると大抵相手は何か一言言ってくる。けれどエアコンみたいだなんて初めて言われた。
ちょっとの間、僕の頭の中は真っ白になった。
「それはそうと臨也さん、なんで池袋に?」
彼の気を僕から逸らそうとしてか、紀田くんはわざわざ一歩前に出て折原さんに話を振る。
「ちょっと人に会いにね……」
折原さんは思わせぶりに言葉を切ると、なぜかそこで再び僕に目を向けた。
鋭い視線に射抜かれて、反射的にびくっと身体が竦む。
「もう会えた」
(それって……)
どういうことですかと尋ねようとする前に、左方向から飛んできたゴミ箱とともに折原さんの姿が僕の視界からフェードアウトした。
***
「そっ、そのはらさん、だいじょうぶ……?」
あの後、紀田くんに教えてもらっていたもうひとりの危険人物や、折原さんに月代にされた恨みを晴らそうと仲間を大勢引き連れてやってきたチンピラの大乱闘に発展。
滅多にない光景に僕は夢中になっていたのだが、園原さんの身体が震えていることに途中で気づき、僕は彼女の手を引いてあの場から逃げ出した。
紀田くんを置いて。
ごめんと心の中で謝りつつ、必死に走った。
最初は僕が彼女の手を引いていた筈なのに、いつの間にか僕のほうが園原さんに手を引かれていたけれど。
体力のない文学少女のように見える園原さんは、僕なんかより全然体力があった。僕がぜえはあ荒い呼吸をしているのに対し、園原さんは息ひとつ乱れていない。
やっぱり園原さんはすごい。カッコいい。
「ありがとうございました」
園原さんは丁寧に頭を下げてからにっこり笑った。それは初めて見る彼女の笑顔で、僕は思わず釘づけになる。
あんなに夢中になっていた筈なのに、さっきまでの出来事は完全に頭から消えていた。
作品名:【6/12サンプル】rivendicazione【臨帝♀】 作家名:三嶋ユウ