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ノブゾンビ
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ありそうで、ないけど、ひょっとしたらあるかもしれない話

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前田敦子の場合。


彼女は忙しかった。


最近、頭痛に悩まされ、記憶が途切れる事が多かった。楽屋でこれから収録だと思い、気合いを入れ椅子から腰を上げると「どうしたの?収録終わったよ。」とメンバーは不思議そうな顔をし、私に言った。

鏡を見ると顔中に小麦粉が点々と付着していた。鏡に写る私はまるでピエロの様だ。小首を傾げると、ピエロも小首を傾げた。

病院に行くと「それは女性によくある頭痛ですね。薬を処方しておきます。」と満面の笑みを浮かべた医者が薬を処方してくれた。去年辺りから仕事が増え、睡眠時間は平均2~3時間。眠りについたかと思うと2、3秒後にはジリリリリ・・・という、けたたましいアラームの音で目が覚める。頭はぼんやりとしているが、朝食を食べると目が冴える。今日は幕張メッセで大握手会だ。 待ち合わせにある車に乗り込む。

「おはよう~。」

メンバーは気だるそうに挨拶をしてきた。それに答える私。車内はどこどこのスイーツが美味しいだの、昨日のテレビの話に花を咲かせている。まるで女子高の休み時間の様だ。 そうこうしている内に会場に着いた。ゾロゾロとメンバーが車から降り、楽屋へ向かう。数時間後、握手会が始まる。会場へ移動し、[前田敦子]と書かれた紙の脇にはテーブルと椅子が置いてある。椅子に腰をかけると目の前には長蛇の列が広がっている。ファンは今か、今かと待ちわびている。

「それでは握手会を始めます!」

スタッフの掛け声と共に一人の男性が目の前に現れた。握手をする。わずか数秒の出来事が次から次へと押し寄せる。大半は男性だが、女性もいる。園児もいれば、娘に連れてこられたと思われる父など。顔が近づいて来たかと思えば、握手をし、すぐ様隅に消える。厚みのある手、皮の薄い手。指が長かったり、短かったり。

「応援してます!」
「頑張って下さい!」
「可愛いですね。」などありきたりな言葉を掛けられる。

「ガンバッテクダサイ」

「オウエンシテマス」

言葉はいつしか機会音の様な不自然な音の様に聞こえてきた。


午前の部が終わり、楽屋で休憩していると頭がズキンと針を通された様な感覚に襲われた。たまらずコップに水を汲み、鞄から薬を取り出す。薬はカプセル状で半分が赤色、半分が真っ白だ。カプセルが舌にべとりと貼り付く。それを水で流し込む。頭痛が和らいでいく気がした。 午後の部が始まる。男性が現れて握手しては消える。同じ様な顔。同じ様な手。顔、握手。顔、握手。人、手。人、手。言葉はいつしか聞こえなくなり、口元が動かなくなるのを見て、すぐ様「ありがとうございます。」と答える。

男性が近づいて来る。


「ワタシヲオボエテマスカ」


男性は抑揚の無い言葉を話した。

「ありがとうございます。」

私は聞こえないふりをした。手が差し伸べられる。私は手を差し伸べ、手の平と手の平が重なる。男性の手の平はひんやりと冷たかった。私の手の平には血の様な液体がべっとりと、こびりついていた。寒気がし、思わず身震いをした。 また同じ様な顔の男性が私の前に現れた。男性は強張った表情で緊張のせいか、身体をプルっプルっと震わせている。



「シニマスカ」


一瞬何を言われたのか脳が理解できず私は思わず「はい?」と聞き返した。男性は不思議そうな顔をしている。差し伸べられた手には白い点が貼りついていた。それは手の平に踊る様にうねうねと動く無数の蛆だった。蛆が手の平からこぼれる。床には数匹の蛆が這いつくばっていた。 全身の血の気が引き、近くにいたスタッフに目で助けを求めたが、スタッフは明後日の方を向いている。震える手の平を差し伸べ、手の平と手の平が重なる。プチッ・・・プチプチプチプチと蛆が潰れた音が耳をかすめた。景色がぐにゃりと曲がったかと思うと、目の間はやがて真っ暗になった。ガタン!と椅子が倒れる音が聴こえた。 目を覚ますと白い天井があった。私は寝ていたのだろうか?起き上がると、身体の節々が痛い。

「気付いた?」

メンバーが心配そうに私の上半身を起こしてくれた。

「私、倒れた?」

言葉少なく話すと、メンバーはこくりとうなづいた。


時刻は夕方。窓から夕焼けが私の顔を染めている。

「今日はもういいよ。明日は公演だから安静にするといいよ。」

近くにいたスタッフが言った。車に無理矢理押し込まれ、会場を後にする。家に帰るとベッドに倒れ込んだ。こんなに寝たのはいつぶりだろう?と夢なのか現実なのかが分からないまま朝を迎えた。


ピリリリリ・・・。


目が覚めるとベッドの傍に置いてあった携帯電話が鳴っていた。画面にはマネージャーの文字が。

「・・・もしもし。」

寝ぼけた声のまま電話に出る。

「大丈夫?10時から取材があるから、9時に迎えに行くから。」

言葉少ない会話をし、電話を切る。幸い、頭痛はしなかった・・・と思う。シャワーを浴び、朝食を食べる。服を着替えるとピンポーンと玄関からインターホンの鳴る音が聴こえた。鞄に念のため頭痛薬を入れ、靴を履き外に出る。車に乗り込み、取材が行われる雑誌の編集社に向かう。 取材を終え、時刻は夕方。劇場に到着し、リハーサルを終え楽屋でメンバーと談笑する。



ズキン!ズキッ、ズキズキッ。


例の頭痛が始まった。急いで鞄から薬を出し、水と共に流し込む。次第に頭痛が和らいでいく。

「まもなく開演で~す。」

スタッフが楽屋のメンバー達に声を掛ける。

「宜しくお願いしまーす。」

メンバー達は声を揃えて挨拶した。 薄暗い劇場の舞台に立つ。客席から、うぉー!!と獣の様な雄叫びが聴こえた。大音量で音楽が鳴り響き、スポットライトがメンバーを照らし出す。無我夢中で踊り、歌う。

スモークが焚かれ客席が見えない。スモークの霧が晴れると、客席には人が一人もいない。スポットライトもチカッ、チカッと点滅を繰り返し、真っ暗になったかと思うと一瞬だけ場内が映し出される。

客席には見たことも無い様な、色とりどりの植物が風になびいている。その植物が時折、呻き声を挙げる。


私は何を見ているんだろう?


隣のメンバーと肩がぶつかる。メンバーの顔は緑色や、赤色、紫、青など様々な色をしている。色は次第にぐにゃぐにゃと変わり、ついには真っ黒になったかと思うと、顔の中心部に穴が空き、最後には血しぶきの様な液体を散らし、弾けて消えた。周りの人間も次々と弾け、消えた。私は人間の血しぶきの様な液体を次々と、頭から浴びた。衣装がだんだんと赤くなり、最後には紅い色の衣装に変わった。音楽がレコード針が壊れた様に、繰り返し再生され、次第に曲調が遅くなっていく。それはまるで人間の呻き声の様に聴こえた。たまらず両手で耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んだ。


「オマエガイルカラ、オマエガイルカラ、オマエガイルカラ、オマエガイルカラ!・・・・」


次第に声は大きくなり、ついには耳が聴こえなくなった。

目を瞑る。

辺りは真っ暗になり、静寂が訪れた。目を開き、両手を耳から離す。耳元で何かを囁く声が聴こえた。



「イナクナレ」