CARP
「話したいことがあるんだろう?」
三國に相談したいことがあり、金融街で三國を待っていた公麿をいつものように自宅のビルへと三國は誘った。公麿が連れてこられた部屋は、高層ビル街を見下ろす青い部屋ではなく屋上に建てられたペントハウスだった。 ペントハウスとは言うが、まさに家で近代的な高層建築のビルの屋上に純和風の家屋と、日本庭園があるとは誰も思わないだろう。現実離れした空間に驚愕し硬直した公麿を、促すように三國は縁側へと案内した。
「ここの眺めが気に入っていてね」
三國が自慢するだけあって日本庭園は美しく、ここがビルの屋上だと忘れさせるほどのモノだった。むしろ、見上げていたあのビルの上にこんな物が建てられているとは想像する者はいないだろう。
「キスってどういう感じがするか教えてくんね?」
「…………。」
羞恥心で公麿は顔を上げることが出来なかったが、いつまでも口を開かない三國の表情を伺うと、見たこともない驚いた表情で公麿を見つめていた。
「あっ、変なこと聞いて悪りぃ」
「いや、その……どうして知りたいんだ」
いきなりこんなことを聞けば戸惑うだろう。だが、三國は驚きはしたが笑い飛ばすことはなかった。やはり相談の相手に彼を選んだのは正しい判断だったと、公麿は一人頷いた。
「真朱が知りたいって言うからさ」
「君はアセットとそんな話をしているのか?」
若干侮蔑と驚愕の混じった三國の声に、慌てて公麿は首を振った。
「違くてさ、真朱がドラマ見て『あれ、なに?』って言うからさ」
「テレビ……、見ているのか一緒に……」
「うん」
そこかよ、と思いつつも公麿は答えれば三國は楽しげに笑いながら、小さく今度Qにも見せてやろうと呟いている。
「お前が説明すればいいだろう」
「だからさ……、それなんだけど、俺……したことねーから」
最後はもはや消え入りそうな声だった。相談相手を同級生達では無く三國にしたのは、三國ならば嘲笑することはないだろうと思ったからだ。同級生などに言えば何を広められるか判らない、バイト先の先輩も考えたが聞き返された時に真朱のことを説明出来ない、そう思ったのだ。
「ないのか……」
「おかしいかよ」
「いや、嬉しいよ」
「…………?」
なにを言ってるのかと、三國の顔を見上げた瞬間、視界が真っ暗になった。急に闇に包まれたことに慌てるが、唇に異質な感触が押し当てられことに驚きそれどころではなかった。
「今のがバードキスだ。どうだ?」
「ど、どうだって……」
パクパクと開いては閉じ、閉じては開きをする唇は、漸く言葉を発してくれた。まるであの池に居る鯉のようにパクパクと口を動かされている。
教えて欲しいとは言ったが、実践して欲しいわけではなくあくまでも経験談が聞きたかっただけなのだ。
「こういうものは自分で感じとった方がいい」
確かにそうなのかもしれないが、そう気を緩めた瞬間再び三國の顔が近付いてきた。そして、また重なりあった唇は、少し弾力ある何かが薄く開いたままの口内へと進入してきた。
「!!!!」
声を出すことも出来ずに、暴れようとするが三國の一周り大きな身体に抑え付けられ身動きすることも出来ない。
歯列をなぞる感触に、侵入者が三國の舌であると知る。そして、舌先は歯列を、口腔の粘膜をなぞりながら、公麿の舌を捉えた。
「んっ……んんっ」
ちゅぱちゅぱとやたら響く水音が耳に木霊する。息が苦しいのか、それとも違う理由なのか判らずに、公麿の身体からは抵抗する力が失われていき、ゆったりと三國の身体にその身を預けた。角度を変えて何度も三國の唇は重なり、そして進入する舌先を絡ませ合う。飲み込めない粘液が、溢れていき唇を、顎先を濡らしていく。
間近で見る三國の顔は美しかった。パーツ一つ一つが整っていて、なにをこんなに冷静に観察しているのだろうか、こうでもしていないと何かに押し流されそうになるのだ。
離されたそれに、荒々しく息を乱しながら息継ぎを公麿はするが、同じことをしていはずの三國は息一つ乱れてはいなかった。そこに経験の差を感じ、大きく溜息をついた。
「今のがディープキスだ。次はなにが知りたい?」
「えっ、なにって…………」
答えるよりも前に、三國に縁側へ押し倒された公麿は、真下から三國の顔を見上げていた。呆然としたままの公麿に、三國はいつもの優しい笑顔を湛えたままで囁いた。
「そうだな、まずは目を瞑ることを覚えないとな…………」
そう囁かれた声に、公麿は従っていた。少し笑い声が聞こえた気がしたが、身を固くして目を閉じる公麿の身体を包みながら、
「力を抜け…………」
と低く優しい声が耳元を擽る。三國の匂いが濃く鼻先を擽り、三國包まれている。いや、文字通り包まれているのだと実感する。その温もりを感じながら、軽く啄むだけの接吻けを受けていた。何度も、数えることすら放棄させるほど、何度も、何度も、三國は公麿に接吻けを施す。
口内を、粘膜をまさぐられるディープキスはまだ慣れなかったが、啄むだけのものは受け入れられるようになっていた。目を閉じて何度も受けながら、そして触れられなければ恐る恐る目を開ける。そして、そんな公麿を笑う三國に、顔を背けて不服を述べれば悪かったと耳元で囁かれた。
いつしか三國の温もりを待ち侘びていた。温かくて、甘くて、ふわふわとなって、そして、ぼんやりと気持ちがいい。そして、ぞわぞわと何かを塗り替えられていくような、そんな恐怖も感じている。
少し怖い、初めて感覚に戸惑うが、少しの重みと熱量が快い。
まるでまな板の上の鯉だ。いつのまにか、せがむように瞳を瞑った公麿に、少し苦笑を漏らした三國が再び唇を重ねてきた。気持ちいい。真朱にどう伝えればいいだろう、温かくて、ほんわりとなれるのだと伝えれば真朱はカップ麺と同じだねと微笑みそうだった。
三國の唇が徐々に唇から遠ざかっていく、初めは唇から溢れた粘液を吸い上げ、その音に恥ずかしくて身を捩ったが直ぐに抑え込まれてしまった。そして、ゆっくりと下がった唇は、公麿の剥き出しの項と耳元へと接吻けられた。
首筋に顔を埋めるように、まるで肉食獣が獲物を仕留めるように唇を寄せている。噛み付かれるのだろうかと、ドキドキと舞い上がる鼓動は、三國にもその振動を伝わっているだろう。
触れるだけの唇、熱い吐息を掛けられる耳元、甘噛みされる耳朶、ぬっとりと舌先が耳介をなぞっていく。その擽ったさに公麿は肩を竦めた。
耳を嬲られて、首筋に再び接吻けられた時、どうしようもない擽ったさに、公麿は笑い出してしまった。
驚いたのは三國の方で、抑え込んでいた身体を離すと、笑いを堪えようとはしているのか目元に涙を湛えた公麿がそんな三國を見上げていた。
その表情は見たこともない切ない表情だった。今日は初めて見る表情が多い、そんなことを公麿は思ったが、まだ三國と出会って大して時間が経ってないことを思い出した。その苦しげで、切なげな、なにかを押しとどめる哀しげな表情を公麿は魅入っていた。
どうしてそんな表情をするのかと――――
「お前はまだまだ子供だな……」
身体を離した三國は、再び縁側に腰掛けていた。それに倣い公麿もまた身体を起こした。
三國に相談したいことがあり、金融街で三國を待っていた公麿をいつものように自宅のビルへと三國は誘った。公麿が連れてこられた部屋は、高層ビル街を見下ろす青い部屋ではなく屋上に建てられたペントハウスだった。 ペントハウスとは言うが、まさに家で近代的な高層建築のビルの屋上に純和風の家屋と、日本庭園があるとは誰も思わないだろう。現実離れした空間に驚愕し硬直した公麿を、促すように三國は縁側へと案内した。
「ここの眺めが気に入っていてね」
三國が自慢するだけあって日本庭園は美しく、ここがビルの屋上だと忘れさせるほどのモノだった。むしろ、見上げていたあのビルの上にこんな物が建てられているとは想像する者はいないだろう。
「キスってどういう感じがするか教えてくんね?」
「…………。」
羞恥心で公麿は顔を上げることが出来なかったが、いつまでも口を開かない三國の表情を伺うと、見たこともない驚いた表情で公麿を見つめていた。
「あっ、変なこと聞いて悪りぃ」
「いや、その……どうして知りたいんだ」
いきなりこんなことを聞けば戸惑うだろう。だが、三國は驚きはしたが笑い飛ばすことはなかった。やはり相談の相手に彼を選んだのは正しい判断だったと、公麿は一人頷いた。
「真朱が知りたいって言うからさ」
「君はアセットとそんな話をしているのか?」
若干侮蔑と驚愕の混じった三國の声に、慌てて公麿は首を振った。
「違くてさ、真朱がドラマ見て『あれ、なに?』って言うからさ」
「テレビ……、見ているのか一緒に……」
「うん」
そこかよ、と思いつつも公麿は答えれば三國は楽しげに笑いながら、小さく今度Qにも見せてやろうと呟いている。
「お前が説明すればいいだろう」
「だからさ……、それなんだけど、俺……したことねーから」
最後はもはや消え入りそうな声だった。相談相手を同級生達では無く三國にしたのは、三國ならば嘲笑することはないだろうと思ったからだ。同級生などに言えば何を広められるか判らない、バイト先の先輩も考えたが聞き返された時に真朱のことを説明出来ない、そう思ったのだ。
「ないのか……」
「おかしいかよ」
「いや、嬉しいよ」
「…………?」
なにを言ってるのかと、三國の顔を見上げた瞬間、視界が真っ暗になった。急に闇に包まれたことに慌てるが、唇に異質な感触が押し当てられことに驚きそれどころではなかった。
「今のがバードキスだ。どうだ?」
「ど、どうだって……」
パクパクと開いては閉じ、閉じては開きをする唇は、漸く言葉を発してくれた。まるであの池に居る鯉のようにパクパクと口を動かされている。
教えて欲しいとは言ったが、実践して欲しいわけではなくあくまでも経験談が聞きたかっただけなのだ。
「こういうものは自分で感じとった方がいい」
確かにそうなのかもしれないが、そう気を緩めた瞬間再び三國の顔が近付いてきた。そして、また重なりあった唇は、少し弾力ある何かが薄く開いたままの口内へと進入してきた。
「!!!!」
声を出すことも出来ずに、暴れようとするが三國の一周り大きな身体に抑え付けられ身動きすることも出来ない。
歯列をなぞる感触に、侵入者が三國の舌であると知る。そして、舌先は歯列を、口腔の粘膜をなぞりながら、公麿の舌を捉えた。
「んっ……んんっ」
ちゅぱちゅぱとやたら響く水音が耳に木霊する。息が苦しいのか、それとも違う理由なのか判らずに、公麿の身体からは抵抗する力が失われていき、ゆったりと三國の身体にその身を預けた。角度を変えて何度も三國の唇は重なり、そして進入する舌先を絡ませ合う。飲み込めない粘液が、溢れていき唇を、顎先を濡らしていく。
間近で見る三國の顔は美しかった。パーツ一つ一つが整っていて、なにをこんなに冷静に観察しているのだろうか、こうでもしていないと何かに押し流されそうになるのだ。
離されたそれに、荒々しく息を乱しながら息継ぎを公麿はするが、同じことをしていはずの三國は息一つ乱れてはいなかった。そこに経験の差を感じ、大きく溜息をついた。
「今のがディープキスだ。次はなにが知りたい?」
「えっ、なにって…………」
答えるよりも前に、三國に縁側へ押し倒された公麿は、真下から三國の顔を見上げていた。呆然としたままの公麿に、三國はいつもの優しい笑顔を湛えたままで囁いた。
「そうだな、まずは目を瞑ることを覚えないとな…………」
そう囁かれた声に、公麿は従っていた。少し笑い声が聞こえた気がしたが、身を固くして目を閉じる公麿の身体を包みながら、
「力を抜け…………」
と低く優しい声が耳元を擽る。三國の匂いが濃く鼻先を擽り、三國包まれている。いや、文字通り包まれているのだと実感する。その温もりを感じながら、軽く啄むだけの接吻けを受けていた。何度も、数えることすら放棄させるほど、何度も、何度も、三國は公麿に接吻けを施す。
口内を、粘膜をまさぐられるディープキスはまだ慣れなかったが、啄むだけのものは受け入れられるようになっていた。目を閉じて何度も受けながら、そして触れられなければ恐る恐る目を開ける。そして、そんな公麿を笑う三國に、顔を背けて不服を述べれば悪かったと耳元で囁かれた。
いつしか三國の温もりを待ち侘びていた。温かくて、甘くて、ふわふわとなって、そして、ぼんやりと気持ちがいい。そして、ぞわぞわと何かを塗り替えられていくような、そんな恐怖も感じている。
少し怖い、初めて感覚に戸惑うが、少しの重みと熱量が快い。
まるでまな板の上の鯉だ。いつのまにか、せがむように瞳を瞑った公麿に、少し苦笑を漏らした三國が再び唇を重ねてきた。気持ちいい。真朱にどう伝えればいいだろう、温かくて、ほんわりとなれるのだと伝えれば真朱はカップ麺と同じだねと微笑みそうだった。
三國の唇が徐々に唇から遠ざかっていく、初めは唇から溢れた粘液を吸い上げ、その音に恥ずかしくて身を捩ったが直ぐに抑え込まれてしまった。そして、ゆっくりと下がった唇は、公麿の剥き出しの項と耳元へと接吻けられた。
首筋に顔を埋めるように、まるで肉食獣が獲物を仕留めるように唇を寄せている。噛み付かれるのだろうかと、ドキドキと舞い上がる鼓動は、三國にもその振動を伝わっているだろう。
触れるだけの唇、熱い吐息を掛けられる耳元、甘噛みされる耳朶、ぬっとりと舌先が耳介をなぞっていく。その擽ったさに公麿は肩を竦めた。
耳を嬲られて、首筋に再び接吻けられた時、どうしようもない擽ったさに、公麿は笑い出してしまった。
驚いたのは三國の方で、抑え込んでいた身体を離すと、笑いを堪えようとはしているのか目元に涙を湛えた公麿がそんな三國を見上げていた。
その表情は見たこともない切ない表情だった。今日は初めて見る表情が多い、そんなことを公麿は思ったが、まだ三國と出会って大して時間が経ってないことを思い出した。その苦しげで、切なげな、なにかを押しとどめる哀しげな表情を公麿は魅入っていた。
どうしてそんな表情をするのかと――――
「お前はまだまだ子供だな……」
身体を離した三國は、再び縁側に腰掛けていた。それに倣い公麿もまた身体を起こした。