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青に透ける

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授業開始のチャイムと共に、水着姿の生徒たちが一クラス分、わらわらとプールの周りに集まって来た。
 いち早く準備体操を終えた一団が、我先にとプールサイドを駆ける。その一団の先頭に、遊馬がいた。
「うおおお、かっとビングだ、オレ――!」
 プールサイドを力強く蹴って、遊馬は空高く跳び上がる。彼の胸に揺れる金の鍵が、プールの照明を浴びてきらきらと光っている。重力に引かれて、その身体はあやまたずプールの中へと落ちていく。冷たい水とぶくぶくと立つ泡が、身体に当たって気持ちがいい。
 先陣切ってプールに飛び込んだ遊馬に引き続いて、あちこちで上がる水音と水しぶき。さっきまで静かに水をたたえていたプールが、あっという間に騒がしくなる。
 水面から顔を出し、遊馬は髪を打ち振るう。プールサイドにいる鉄男と小鳥に手を振って、遊馬はコースの向こう側に目を向けた。彼には、今日こそやり遂げたい目標が一つあった。毎回毎回プールの時間に挑んでは失敗している、息継ぎなしでどこまで行けるかという目標が。
「よぉし! 今日こそは、息継ぎなしの記録を更新してやるぞ!」
 宣言して、遊馬は深く息を吸い込んだ。肺に目いっぱいの空気をため込み、プールの壁を蹴って勢いよく泳ぎだす。目指すは、二十五メートル先の飛び込み台だ。
 あまりきれいとは言えないフォームで、遊馬は元気よく水の中を泳ぐ。息が続かなくなればその場に立ち止まり、どこまで自分が進めたのかを確認する。
 一回目の挑戦は、プールの中ほども行かないうちに終わった。
「くっそぉ、ここまで来て……いや、まだだ! まだオレはあきらめねえ!」
 距離の短さに一旦は落胆するも、遊馬はそこで目標を投げ出したりはしなかった。困難な目標にぶち当たる度、それ以上の闘志も沸いてくる。遊馬は再び、大きく息継ぎをして、底に腹部が着くくらいに潜水した。息が続かなくなる限界まで泳ぎ続け、立ち止まればその都度次の目標を定めて泳ぎ出す。
 いつしか遊馬は、泳ぐことに夢中になっていた。なので、遊馬は気づかなかった。水の中で、鍵がきらりと一つ光ったことに。
 遊馬の挑戦が、五回を数えようとした時だ。
〈――遊馬〉
「ん?」
 誰かが背後から、遊馬の名を呼んだ。水の中にいるのに、その声はやたらとはっきり遊馬の耳に届いた。
 何の気なしに、遊馬はそのまま後ろを振り返る。
〈遊馬〉
 もう少しでぶつかりそうな至近距離。切れ長の金の瞳が、遊馬をじっと見つめていた。

 驚いたのは遊馬の方だ。人がいるはずのない方向から、いきなり何者かがぬっと現れたのだから。
「おまっ……ぅげほっ、ごほっ、ごぼごぼっ……」
 遊馬の口から、肺に詰まっていた空気が一気に吐き出された。空気は水の中で大量の泡になって、遊馬の目の前の人物の顔を瞬く間に覆い隠してしまう。
 たまらず、遊馬は水面へと躍り上がった。水から頭を出して、げほんごほんと、苦しげに咳をしている。鼻で水を吸い込んでしまったので、鼻の奥がつんと痛い。
 この惨状の原因は、遊馬の咳が治まったころにようやく水面に浮かび上がってきた。人のものとは明らかに違う、透き通った青い身体。彼曰く、名をアストラルという。
 涙を微かに浮かべ、遊馬は、水面から顔を出したアストラルに向かって怒鳴った。
「お前っ! いつからそこにいたんだよ!」
〈……? 私は君の傍から離れられない〉
「だから、そうじゃなくて―――」
 どこかピントがずれている、アストラルの返答。記憶のない彼と話すと、いつもこうだ。やり場のない怒りに、遊馬は水面をべしべし叩く。上がる水しぶきを嫌がる様子もなく、アストラルは遊馬をじっと見つめている。
〈君は今、死にそうなのか〉
「おう。お前のせいで死にそうだよ」
〈そうなのか……〉
 アストラルは、何やら深刻そうな気配を漂わせている。それを見て、遊馬は、あれ、と思った。アストラルの様子がおかしい。
 遊馬が騒いでいるところに、近くにいた鉄男が声をかけてきた。
「おーい、どうしたんだ、遊馬」
「聞いてくれよ、こいつ、いきなりオレを脅かしやがってさー」
 鉄男は、遊馬がべしべし叩いている付近を見回すが、そこには誰もいない。大体の見当を付けて、鉄男は遊馬に恐る恐る聞いてみる。
「もしかして、お前に憑いたっていう、幽霊か?」
 鉄男には、アストラルが全く見えない。このプールにいる他の人間にも、誰にも。アストラルを認識できるのは、今のところ遊馬一人だけだ。
「そう。こいつ、プールの中にまでついて来やがってよー」
〈……プール?〉
 アストラルは、遊馬の発言を一瞬たりとも聞き逃さなかった。聞き慣れない単語に、彼は首をかしげた。

 鉄男と別れ、遊馬は泳ぎを再開した。精一杯息を継いで、できるだけ深く水に潜る。
 遊馬は、ちらりと後ろを振り返る。空中を漂っていると思いきや、何故かアストラルは遊馬について水中を進んでいた。青く透き通ったアストラルは、水に溶け込んだように見える。身体の文様と淡い青の光がなければ、どこにいるのか非常に分かりにくかったに違いない。そりゃ、近づいても気づかないよな、と遊馬は納得する。
〈遊馬〉
 アストラルが、水中でもよく通る声で遊馬に話しかけてくる。こぽこぽと水音が響くここでは、それだけが明瞭に遊馬に伝わる。
 あいにく、遊馬は息継ぎなしでどこまで行けるか挑戦中。水中では言葉を発することができない遊馬は、答えようとするならまず水の上に顔を出さねばならない。
 遊馬はアストラルを一旦無視し、息が続かなくなって水面に顔を出してからやっと返事をした。
「何なんだよお前、さっきから」
〈プールとは何だ。風呂とは違うのか?〉 
「見りゃ分かるだろ、そんなの」
 何度も邪魔をされて、遊馬は少しいらいらしている。一体、アストラルは何を考えているのだろう。自然に、返す言葉もとげとげしくなる。
〈君は、風呂をのぞかれても死ぬと言っていた〉
 そうだった。遊馬は思い出した。確か、トイレや風呂に一緒に入って来ようとするアストラルに、そういうことを言った気がする。
 遊馬としては、あくまで方便のつもりだった。しかし、まさかアストラルがそれをしっかり記憶していたなんて。
「風呂とは違うだろ。皆こうしてここにいるし、水着、つーか服着てるし」
〈そうなのか。風呂とは違うのだな〉
 アストラルの気配から、今まで漂っていた深刻さが薄れていく。相変わらず真顔のアストラルだが、遊馬にはそれがよく分かった。

――もしかしてこいつは、オレが死ぬんじゃないかって、ずっと心配してたのか? まさか。

 アストラルの疑問にきちんと答えてやったので、遊馬はそれ以上質問されることなく潜水に戻ることができた。アストラルも遊馬の後を律義について潜る。
 アストラルは、空中より緩やかに、水の中をふわりふわりと浮いて進む。彼の青い髪やイヤリングが、ゆらゆらと水にたゆたっている。
 遊馬は、息継ぎをするために、水面に何度も顔を出す。苦しくなった息を吐いて、また水の中に潜って泳ぐ。
〈遊馬〉
 遊馬が息継ぎをしようと立ち止まりかけているところに、アストラルがまた呼びかける。泳ぐのを邪魔されなかったので、遊馬は今度は普通に答えた。
作品名:青に透ける 作家名:うるら