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青に透ける

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「どうしたんだよ」
〈遊馬。どうして君は、この中にずっといられない?〉
「この中? ――水の中のことか?」
 遊馬が水面を指して見せる。
〈そうだ〉
 アストラルは、こくりとうなずいて言った。 
「人間は、空気がないと死んじゃうんだよ」
〈死ぬ……〉
「ほら、水の中には空気がないからさ。オレたち人間は、いつかどこかで空気を吸わなきゃいけないんだ」
 手のひらに水をすくい取り、遊馬はアストラルに、ある限りの知識をもって答えてみせる。アストラルも遊馬のまねをして水に触れようとしたが、実体のない彼の手のひらに水は残らなかった。
〈今日の君は、エネルギーの摂取と排出を、いつも通り正常に行っていた。それだけではコストが足りないのか〉
「コスト言うなコストって。……そう。エネルギーが足りてても、空気がないとすぐ死んじゃうの」
〈なるほど。人間は本当に弱点だらけの生き物なのだな。だが、それでは疑問がいくつか残る〉
「何だよ」
 顎に手を当てて、アストラルは思案するような表情をした。
〈どうして人間は、生きられないと分かってて、水の中に入る? 空気がなくなればすぐ死ぬような場所に、喜んで向かうのだ?〉 
「そんなの、」
 遊馬は、アストラルの質問に言葉を詰まらせた。そんなこと、生まれてこの方考えたこともなかったので。自分にとっては当たり前だったはずの常識が、アストラルと話しているとどこか疑わしいものへと変貌する。段々と不確かな存在になり果てていく。
「そんなの、気持ちいいからに決まってんじゃん」
 遊馬にとっては、頭の中を一生懸命絞り出した上での回答だったが。
〈……そうなのか?〉
「あー! お前、微妙に納得してないだろ!」
 叫ぶ遊馬をよそに、アストラルは水の中に潜った。遊馬にしか見えないさざ波を立てて。水面からは波間に紛れて、アストラルの青の光が淡く輝いているのが見える。遊馬はしばしそれを黙って見つめていた。
「あいつ、もうあんなところまで。――ん、待てよ?」
 遊馬は気づいてしまった。先ほどから、アストラルが息継ぎなしで長く泳げていることに。アストラルが水面に顔を出したのは、遊馬が足を着いて立ち止まった時だけ。後は全部水の中だ。
「冗談じゃねえ。決闘以外の分野で、あいつに負けてたまるかよ!」
 俄然と対抗意識を燃やす遊馬。その目には、水の中を行くアストラルがはっきりと映っている。
「ええい、酸欠が怖くてかっとビングできるかっ! 勝負だ!」
 遊馬は、極めて一方的に、アストラルに対して勝負を宣言した。思い切り息を吸い込むと、遊馬は床を強く蹴って、先を行くアストラルを追った。

 遊馬は、潜水を何度も繰り返す。息継ぎもそこそこに、深く深く水の中に沈む。
 最初は遊馬の先にいたアストラルも、遊馬を見つけると、すいと近くに寄って来る。二人は、寄り添うように水の中を泳ぐ。
 何度目かの潜水の最中。遊馬の頭上から、淡い青の光が降り注いだ。仰向けになって見上げると、アストラルが水面近くに浮かんでこちらを見下ろしていた。
〈遊馬〉
 透き通ったアストラルの腕が、遊馬に向かって伸ばされる。
 プールの水の揺らめきも、天井からの光も。何もかも青く透けて遊馬を照らしていた。

――プールサイドにて。
「ごほっ、げほっ……うえぇ……」
「おい、大丈夫か、遊馬」
 プールに腰を浸からせたまま、プールサイドに手をかけて遊馬は強く咳き込んでいる。呼吸困難と鼻に水が入った激痛で、遊馬はもう涙目だ。
 横で鉄男が、遊馬の背をさすりつつ心配そうに見ている。プールの中で本当に沈みかけていたとなると、流石に笑い話にはできない。
 しこたま飲んだプールの水が、少しずつ遊馬の口から吐き出される。塩素まみれの水は、喉に引っかかって酷く不味い。
 先にプールサイドに上がっていた小鳥が、ようやく咳が治まったらしい遊馬の顔を覗き込んで言った。
「ちょっと、どうしたのよ遊馬。 どこか具合でも悪かったの? 保健室に行く?」
「いや……えと……」
 何故か、遊馬の言葉は歯切れが悪かった。気まずそうに視線を二人から逸らし、やっとのことで答えたのがこれだ。
「息継ぎ……忘れてた……」
「忘れてたぁ!?」
 顔を見合わせ、鉄男と小鳥は異口同音に叫んだ。
「何やってるのよ遊馬。息しなきゃ死んじゃうじゃない!」
〈死ぬな、遊馬〉
 アストラルが、見よう見まねで遊馬の背中をさすった。温かくも冷たくもない彼の手は、触れているという事実だけを遊馬に伝える。遊馬には、何だかそれがくすぐったかった。
「息継ぎ忘れて、お前は一体何やってたんだ? オレが見つけてなかったら、あのまま溺れて死んでたぞ」
「いや、だって」
 遊馬は、アストラルを指差して言った。現在、アストラルは水面から完全に身体を出して、ぷかぷかと宙に浮かんでいる。
「だって、こいつが、オレより長く潜ってたから!」
「え? デュエリストの幽霊、ここにいるの?」
 小鳥は、辺りをきょろきょろと見渡した。小鳥にも、アストラルの姿は見えないし、声も聞こえない。
 鉄男が、ポンと軽く遊馬の肩を叩いた。彼は遊馬を諭す。何事かを悟った顔で。
「お前な。幽霊にいちいち張り合ってたら、その内お前も幽霊になるぞ」
「ううう……」
 言い返せずに、遊馬はアストラルに向き直る。半ば八つ当たり気味に、びったんびったんと水面を叩いてしぶきを飛ばした。
 アストラルはと言えば。
〈人間は空気がないと、例えエネルギーが足りていても死んでしまう、のか。――記憶しておこう〉
 今の今まで彼の抱いていた疑問は、遊馬をつぶさに「観察」した結果、綺麗さっぱり晴れたようだった。


 本当は、勝負なんて、途中からどうでもよくなっていた。意地の張り合いも全て、どこかに置いたまま息継ぎと一緒に忘れてしまった。

――だって、お前があんなに気持ちよさそうに泳ぐから。

 それを口に出してしまうと、本当の意味でアストラルに負けた気がする。だから遊馬は、それを決して誰にも言わずにおいた。


(END) 
 

2011/5/29
作品名:青に透ける 作家名:うるら