さとがえり
(マズイ。―か、可愛い…)
十にも満たない姿がまやかしだと分かっていても、その愛らしさには心を奪われる。それに幼子の姿をしてこの妖艶さはどうだ。さすがは九尾の狐と言うしかない。
鵺野はなんとか平常心を取り戻そうと、とっさに考えついた質問をする。
「あ、あの、九尾(くみ)―さまは、どっちの姿がホントなんでしょおか?」
「さあどちらが真(まこと)であろうなあ。まあ、見てくれなど、どうとでもできるんだがねえ」
九尾はにっこり笑んで、今度は27、8ぐらいの姿に変わる。
「うわあっ」
急に身体が大きくなり、まさに鵺野の鼻先へと顔が近づいた。
「鵺野どのの好みは年上とみたが、いかがかな?」
にい、と唇をつりあげてしなを作り、いったん鵺野の膝に置いた手指でもって肩のあたりで撫でさする。
「コホン……九尾さま」
「おや、玉藻。お前もまざりたい?」
「結構です。それよりも私の連れをたぶらかさないで頂きたい」
玉藻は背後から腕を回して鵺野を引き寄せた。
「おや残念。これからだというのに…」
冗談とも本気ともつかない九尾の台詞に、それでも解放された鵺野はほっと息をつく。
「まぁいい。ぬしの連れはなかなかに面白いわなぁ。気に入った」
そういうと、どちらかといえば男らしい所作で笑った。鵺野にとっては豪快に笑う美女というと亡くなった恩師を思い起こさせ、切なくなる。
気が付くと、玉藻は鵺野の肩や背中など、ちりを払うようにぱっぱっと手のひらではたいていた。
「なんだ? 何か付いてるか?」という鵺野の問いには、ただ「いいえ」と言うだけ。
「何じゃ、玉藻。私の触れたところをはたくなど、失礼な」
「あっそうだ、失礼ついでにもうひとつ聞いてもいいですか?」
授業中の児童よろしく、鵺野は肩の高さに手を挙げて発言をする。
特別、鵺野にその場を取りなそう気持ちがあったわけではなかったが、幸い九尾はころりと機嫌を直して微笑んだ。
「何なりと」
「その姿は…やはり誰かのドクロを?」
「ほ、ほ、…ほんに、ほんにそなたは面白い。この私にそのような事を聞く者などそなたが初めてぞ」
やはり失礼な質問だったかと恐縮していると、
「ああ、別に気にすることはない。この顔はな、確かにドクロの持ち主の顔よ―私に最適の、な。したが今は使ってはおらぬ」
「使ってない?」
「そう。そこな玉藻のように400やそこらの若造ではまだ必要不可欠なもの。けれど千年以上も年古れば使わずとも変(へん)化(げ)できる。もちろん、体になんの不調もなしにな」
「……ということは?」
「そこでそんな大きなカオをしておる玉藻も、まだまだヒヨッコだという事よ」
さも可笑しそうに高笑いをする九尾。
特にヒヨッコ呼ばわりされた玉藻に何と言っていいのか迷っていると、玉藻は「いいんですよ、別に本当のことですし」と珍しく殊勝な顔つきだ。しかし。
「なにせ九尾さまは我らが神。その齢はゆうに三千年を超えていらっしゃいます。私のような若輩者など…比較にする方が間違いというもの」
「ほう…そなたは私が若作りをしていると申すかえ?」
「いえいえ、九尾さまは我らが頭首。常にお美しくあらねば」
「……まこと、そなたは人間界へ行って口が達者になったな」
「有難うございます」
にこにこと笑いながらも、目は笑っていない。飛び散る火花が見えてきそうだ。
(こ、……怖〜〜〜!!)
間に挟まれた鵺野は、ただひたすら無事でこの場を辞することを考えるのだった。