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さとがえり

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「…よろしいのですか? あのまま帰してしまって」

妖狐の谷を一望できる場所で、玉藻と鵺野が帰って行くさまを眺めていた九尾に、付き従う修験者のような男が問うた。
「ああ、よろしいよ。別れは昨夜に済ませたからな」
振り向きもせずに九尾はそう言うと、何か楽しいことを思い出したのか「ふふっ」と声に出して笑う。
「姫御前(ごぜ)」
男は、自分が問うた意味を九尾があえて無視して違う返事をしたことですこし語調を強め、ふたたび彼の者の名を呼んだ。
「お前も頑固だな、黒(くろ)松(まつ)。よいよい、良いよ。どうせ人は儚い。ならばその露の間、想う相手と添うてみるのも一興であろう。―それが我等の永らえるよすがになる事もある」
「……御前」
目を細め、九尾は人間の目にはもはやとらえられないほど遠くに去った車の残像を追う。
「なあ、我らは本来、人間(ひと)を慈しみ、睦み、そして憎むのが正しいのだろうが、あ奴ら人間は憎み殺しあい、その果てに愛し合う」
「……あい、ですか」
「そう、愛、なのだよ。慈しみではなく執著の心。愚かで醜く、しかしその一途さに我らは倣わねばならない。生きてゆくためにな」
九尾の言葉に、日に焼けた額の皺をより深く刻んで黒松と呼ばれた男はその白い横顔を見る。その視線に気付いて、半ば笑い飛ばすように「戯れ言だ」と繰り返す。
「ふふ、戯れ言よ。案ずるでない。―まあ、人の言うところの『感傷』というやつさ。あの男に会うて、久しぶりに気持ちが沸き立った、このことに対しての、まあ…薄謝とでもいうもの、かの」
「薄謝、とは?」
「谷の小童(こわっぱ)どものことさ。さて、生真面目に私の言いつけを守るヤツらがどれだけいるか、いつまで耐えていられるか…賭けてみようか?」
『約束』が破られる事を見越して、九尾は楽しそうに含み笑う。
「御身の一尾に懸けて嘘は言わぬとおっしゃられた、あれは?」
生真面目では他の面々に負けていないような男は半ば九尾の無責任にも思える発言を詰るように問うが「嘘は言うておらぬよ。―判らぬか?」逆に問い返されて返事に窮する。
「……九尾様のお考えが判るなどとおこがましい…」
「ほんに……おぬしはくそまじめだな! …そういう所でも鵺野どのを見習うてみよ」
「申し訳ありません」
「まあ、いいわ。ぬしから真面目を取り上げてもつまらぬしな。―戯れ言だと申したであろう?『危害を加えるな』とは言うたが…『遊ぶな』とは言っていない」
九尾の言葉遊びに「なるほど」と頷き「これはしたり。私としたことが姫様のつむじ曲がりはいつものことであったものを」と、一見無礼な物言いだが楽しげに言う。
「ああ、では…確かに、楽しみが一つ増えましたな、姫様」
「であろう? うふふふ…」
考え方次第でいくらでも裏をかくことの出来るこの言葉から、いったいどれだけの者達がこの抜け道に気づくであろうか。

「これもまた、ひとつの試練」

んふふ、と。妖狐の神は恋する乙女のように微笑んだ。



「あー、それにしても色々な話が丸く収まりそうでよかったよかった」
「全然良くはありませんよ。まったくあなたは暢気ですね。これからは前にも増して身辺警護を怠らないようにしなければならないというのに」

運転をしながら、玉藻はやけに難しい顔をしていた。
「なんだよ。九尾さまは『危害を加えるな』と言ってくれたじゃないか。あと、お前のことよろしくとか気を遣ってくれてるし」
「……額面通り受け取ればですね」
「…どういうことだよ」
訳が分からず鵺野が聞けば玉藻はしばらく沈黙し、「こういう事ですよ」と言う。
「危害を加えるなとは仰られたが、それだけでしょう。例えばちょっかい出すなとは言わなかった。『このはしわたるべからず』という看板を見て真ん中を歩いて渡るようなものです。だからこれからが大変ですよ」
玉藻は疲れ切った溜め息をつく。いずれ、この九尾の発言に気付くものが出てくるだろう。生命を狙われることはなくとも、それは十分に面倒で煩わしいことだ。
「頓智かよ…あーなんだよ九尾さまは! けっこういい感じに和解というか和んだと思ったんだけどなあ」
「あの姿もちゃんと計算されていましたから仕方が無いでしょう。…例の若狐たちの中でリーダー格の一人くらいは自力でこの事に気付きそうな者がいますが…こちらは石蕗丸には様子を見るように命じてあります。あとは…水面下で画策している悪巧みを逐一潰すことぐらいか……。ああ、本当に考えるだけでも頭が痛い」
心底やっかいだという気持ちが、その常にない愚痴めいた言葉の数々に現れているのが鵺野にもよく分かる。
「……悪いな、そんな疲れているところ運転させて」
「ああ、すみません愚痴ってしまって。いえ、それは良いんですが。…鵺野先生」
「なに」
「当分、里帰りは遠慮させてください」
「……そうだな、俺も暫くはいいや」

正直、あのご馳走の数々はちょっと惜しいけど。
鵺野はそう小さく呟いて、シートに深く背中を預けた。

玉藻の予想に反して、帰省して一番の受難は玉藻本人であった。

[終]
作品名:さとがえり 作家名:さねかずら