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さとがえり

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「ぅ……わ」

薄明るい室内に入るなり、鵺野はそう声を上げたきり言葉を失った。それもそのはず、彼の目に映ったのはおびただしい量の本の棚だった。
右を見ても本、左を見ても本。上を見れば天井まで造り付けられた本棚。
よくよく目を凝らせば床の一部はアクリル板の下に文庫本が背表紙を向けて並べられており、まるで煉瓦のようだった。とにかく視線を向けたありとあらゆる場所に本があり、本で作られた部屋と言っても過言ではない。
(これは書斎、ってゆーよりは、書庫だよ…)
「すこし奥の様子を見てきますから、ここで待っていてくださいね」
大量の本に圧倒され茫然としていた鵺野は、玉藻の声に慌てて意識を現実へ戻す。
「あ、ああ判った。じゃあここら辺で待ってる」
「本を見るのは構いませんが、あまり動き回らない方がいいですよ、危ないですから」
「おう、任せとけ」
胸を叩いて請け負ったものの、どちらかというと本好きな鵺野。様々な稀覯本や、欲しいと思っていた本の初版、昔読んだことのある懐かしい本などを見つけてたりして、興奮しつつ次第にほの暗い奥へと進んでいく。
背表紙を指でたどっていると、反対側から歩いていた誰かの手とぶつかった。
「「あっ」」
互いに小さく声を上げ、そしてこれまた同時に「「すみませんっっ!」」と頭を下げる。端から見ればなんとも可笑しいほどに二人の言動はシンクロしていた。
ひとしきり頭を下げた後、「おや?」と、相手が小さく呟いたのを鵺野は耳にして、改めて眼前の人を見る。
割に若く見える50歳、と言ったところだろうか。明治の書生のような格好にこざっぱりと刈り込まれた黒髪と、丸ふちの眼鏡が整った顔だちを親しみやすくさせている。
眼鏡をかけ直しつつ男は「おおお??」と声を上げ、探偵が何か証拠の品を発見した時のように目を見開き、鵺野の方へずいっと顔を近づける。
「ややっ、珍しい《気》だと思ったら…あなた、人間ですね?」
「えっ? あっ、は、はい、まあ…」
「ほうほう。ほーう、こちらの手が…そうか、これのせいか…ふんふん」
様々な角度から鵺野を眺め、挙げ句、断りもなく左手首を掴むと「鬼さんこちら、か…」と、表現としては品位に欠けるが涎を垂らしそう』な程に熱の籠もったまなざしでさらに見つめる。
「素晴らしい…いや、実に珍しい!」
「あ、あの」
「感動的だ〜ああなんて素晴らしい〜〜」
「あの、ちょっと、もしもし、すみませんがっ」
何と呼びかけても手をしっかと握って放さないばかりか、瞳を輝かせて寄ってくる相手にどう対処したらいいのか分からず、鵺野はうろたえる。
じりじりと押され、とうとう本棚の一つが背後に迫ってきた。
押し倒されるのも時間の問題かと覚悟も考え始めた頃、
「…何をやっているんですか」
「た、玉藻!!」
目の前に―ちょうど眼前の人物の背後から玉藻が姿を見せた。冗談抜きで一瞬、鵺野の目には後光が差して見えた。
「やあ玉藻、久しぶり。またずいぶんと男前になったね」
男は鵺野の手を握ったまま振りかえると、にこやかに応える。
「……そちらこそ相変わらずの様子。まあ、そんなことはどうでもいいです。その人の手を離して下さいませんか」
「ああいや、こりゃ失敬。あんまり嬉しくてつい」
冷ややかに窘められてすぐに手を離すが、それでもよほど名残惜しいと見えて、さっきまで鬼の手に触れていた自身の手をしきりに摺り合わせている。
「それにしても、今日は上で待っていてくれとお願いした筈ですが?」と、玉藻が詰問口調になると、「暇つぶしに何か読もうと思ってきたら…つい、ね」ごめんねと男は茶目っ気を出したつもりか片目をつぶってみせるが、あまり反省の色は見られない。玉藻も追及するだけ無駄と判っているらしく、諦めた様子で息を吐く。
気持ちの切り替えが付いたのか、玉藻は「大丈夫でしたか? 先生」と鵺野の肩を軽く掴んだ。
「あ、ああ…別になにもなかったけどサンキュ。……で、この人は……?」
「ああ、改めて紹介します、鵺野先生。これが私の父、青柳です」
「これとはひどいなぁ、これとは。仮にも実父に向かって」
「身内だからこそですよ」
父と紹介された人物と目が合うと人懐こそうな笑顔が返ってきて、つられて鵺野も笑い返す。
「父上、こちらが先日話をした鵺野先生」
「改めて初めまして。青柳(あおやぎ) 仁(ひとし)と名乗っています。どうぞ青柳と呼んでください」
「は、初めまして。鵺野鳴介といいます」
差し出された手を取ると、なるほど妖狐の気が伝わってきた。玉藻の父というからには少なく見積もっても7、800年は生きているのではないかと思われるが…。
(それにしても、思ってたのと随分違う……)
そんなに多くの妖狐を知っているわけではないが、玉藻にしろ九尾にしろ非常に個性的で、それゆえ『玉藻の父親』という先入観(イメージ)も自然、彼らに準じたものになっていた。
実際会ってみれば、実に『人間らしい』人物という感想を鵺野に抱かせた。触れてみて確かに妖狐だと、陰の者であると分かるのに伝わる気配は穏やかでさえあった。玉藻のように剛直でなく九尾のように苛烈でもなく―まさしく風にそよぐ柳のように。
自分と出会ったことで変わった玉藻が、今のまま年月を経ればこうなるのではないかと思わせる雰囲気を、鵺野はその父である青柳に感じていた。
手を握られた青柳はその視線に気付いてか「どうも、不束な息子がご迷惑をかけているようで」と目を細めた。玉藻が二人の間に割って入り、強制的にその手を引きはがす。
「不束でもありませんし、迷惑もかけてなどないですよ。それよりも手! まったくいつまで握ってるつもりですか」
「いいじゃないか、すこしくらい。近年まれに見るいい『気』なんだからさ」
放っておけばひたすらヒートアップしそうな口喧嘩は、親子の諍いというよりは少し年の離れた兄弟喧嘩のように見えて、ふと父である『時空』と自分とが並んでいたらどう見えるんだろうと鵺野は考えてみた。だが幼い頃から長らく離れていたせいもあり贔屓目に見ても身内というよりは単なる同業者同士にしか見えないように思う。
もうすこし違う道を互いに取っていれば、ほんのすこしだけその道を近づけていたならこの妖狐(おやこ)たちのように見かけだけでも家族の体裁をとることができたのかなと鵺野は空想し、そして空想はあくまでも空想のままだと気がついて考えるのを止めて溜め息をつく。
そのタイミングで腹がぐーっと鳴いた。時を同じくして妖狐親子の口論の方にも一段落がついたところだったので、小さいながらもその音はしっかりと聞かれていた。
「あー…もう遅いし、そろそろ上に戻るかい?」
「…そうですね、こんな時間ですし」
少々ばつの悪い顔を見合わせると、一時休戦とばかりに妖狐親子は笑いあう。
「え、何、もう済んだのか?」
「まあ、一応ね」
「そうそう、今回の所はね」
訳の分からないまま両サイドから腕を組まれ、鵺野は少々顔を引きつらせながらもそれに従い、上の階へと戻っていった。

作品名:さとがえり 作家名:さねかずら