君に、泣く
序
ひんやりとした風が、銀時の頬をかすめる。
淡い黄金色の光の中で、モミジが、その命を燃やしている証のように、赤く、葉を染めている。
冬が近い。
銀時が歩いているのは平凡な住宅街の中で、そして、ありふれた集合住宅の前で足をとめた。
目指しているのは、あの二階の一室。
何度も訪れた事のある部屋だ。
それを、つかの間、道から眺めた。
いつもそのまま進んでゆくのに、なぜか今日は立ち止まってしまっていた。
妙な、気がした。
けれども瞬時にそれを、バカバカしいと打ち消して、銀時は歩き出す。
建物の側面に取り付けられた階段を上りきると、目的の部屋がある。
銀時はその階段を一つ二つと上ってゆく。すると、二階から数人の男たちが降りてきた。
お互いにその存在を認めたが、何気ない顔をして、銀時と男たちとすれ違う。
遠くから、子供たちの無邪気な歓声が聞こえてくる。遊んでいるらしい。
やがて、銀時は二階に着く。
くるりと向きを変えて、少し行った所に、部屋の入り口はあった。
引き戸の桟に手を置くと、それは重たげに動いた。
そのまま戸を開けると、銀時は部屋の中に入る。
玄関の三和土で靴を脱いでいると、人の近づいてくる気配を感じた。銀時は顔を上げる。
桂が、廊下を歩く足をぴたりと止めた。
「銀時、貴様、また勝手にあがって来て。しょうがない奴だな」
「勝手にあがって来られたくなきゃ、ちゃんと鍵しめとけ。だいたい指名手配犯のくせに、不用心すぎるんじゃねーの」
そう銀時が言うと、桂は不機嫌な顔になる。銀時の言った事が的を射ていて言い返せないのが、不愉快なのだ。桂とは長い付き合いだ。それくらい分かる。
「あーあーもう。俺が鍵かけといてやるから、お前は部屋に戻ってろ」
「なんだ、えらそうに指図して。この部屋を借りてるのは俺だぞ」
「はいはい」
「そのいい加減な相槌を聞いていると、腹がたってくる」
「あー、そー」
銀時は、脱ぎかけの靴をずりずりと引きずって方向を変え、戸を見た。
「……ほんっとに貴様は他人の言う事を聞かないな」
背後から、桂の声がした。怒りまじりの低い声。だが、銀時はそれを無視する。
すると、足音が聞こえ、それはどんどん遠くなっていった。そのやや乱暴な音からも、桂が少々立腹しているのが感じられた。
「あいつ、怒りっぽすぎ」
ぽつり、呟くと、銀時は吹きだした。なんだか、おかしくて、ついつい頬が緩む。
そして、銀時は鍵をかけた。
銀時が八畳の部屋に入ってゆくと、長方形の机の上には湯飲みが二つと急須が置かれていた。湯飲みは客用のものではなく、一つは桂が日常で使っているもので、もう片方は銀時専用のものだ。後者は銀時が勝手に持ち込んだものだが、律儀な桂は、銀時が来ればそれで茶を出してくれる。
「突っ立ってないで、早く座れ」
桂が急かす。
銀時は視線を違う所にやる。桂の机を挟んで向かい側に、きちんと座布団が敷かれていた。銀時はそちらのほうに近づくと、座布団を掴んで、更に移動する。
机の角を桂と囲むような場所。ぱたっと、座布団を落とした。