君に、泣く
一
裏切られたと知ったのは、進む先に敵が潜んでいるのに気づいた時。
*
某星の大使館が人間を密輸しているらしいという情報は、確かな筋からもたらされた。
密輸してどうするのか。働かせるのなら、まだ、良かった。生きた人間を喰らうのを好む天人たちが住む星へ、売りつけるのだという。
どうやって人間を調達するのか。浮浪者をさらう。多額の借金を背負った者やその家族をだまして連れてくる。そうして、人間たちに仲間が連れ去られている事を気づかれないようにする。
もしも仮に、いなくなった者と親しかった人などが不審に思って調べたとしても、幕府と繋がりのあるその大使館に抗議する事なぞ、できはしない。
この話を聞いた時、桂は全身の血が逆流するような怒りを覚えた。
大使館に囚われた人間たちを救わなければならない。
そして、その大使館の天人たちがなにをしているか白日の下にさらさねばならない。
一日でも早く行動に移したいと思った。だが、急いては事をし損じる。その大使館の内部を調べなければならなかった。侵入経路は? また、退路は?肝心の人間たちはどこに隠されている? 彼らはいつ運ばれる?
すべてを調べつくす事はできなかった。だが、大使館内の地図が描けるようになった頃、仲間たちの意気も揚がっていた。彼らは桂に、これ以上待てないと訴えた。事は一刻を争うのだと。
桂は決断しなければならなかった。
これだけ下準備をしてれいばいける、という思いがあった。
しかし。
なぜかその時、不吉な予感が胸中をよぎったのだ。
なんの裏付けもない、ただの勘だ。
だが、気になった。
それで返事をためらっていると、仲間たちから強く同意を求められた。
もはや急流の中にいるようなもので、ただの勘を根拠にして止められるものではなかった。
だから、桂は頷いた。
そして、銀時が桂の仲間とすれ違った翌日の夜、作戦は決行された。
*
桂たちが足音を殺して歩く廊下は、真っ直ぐ伸びた先で、別の廊下と交差していた。
問題の大使館に忍び込んで、しばらく経つ。しかし、今はまだ一階だ。囚われの者たちは地下二階にいるという。彼らを救うのが第一の目標だ。そのために彼らを助け出すまで、絶対に、敵に気づかれてはならない。ただ壊してまわるだけのほうが、楽かもしれない。
息すらも潜めて、歩く。
桂の神経は研ぎ澄まされてゆく。
どんな細かなものでも拾いとろうと、鋭敏になった感覚が四方八方に広がってゆく。
ふと。
ほんのわずかな気配を感じる。
この先に横たわる道の、両脇の壁のせいで見えない所に、誰かがいる。