君に、泣く
桂の心臓が、一度、大きく波打った。
瞬時に、桂は左腕を横に伸ばした。そして、手のひらを後ろに向けて振る。
さがれ。
声に出さず、指示する。
ついてきていた者たちは、ひっそりと足を止める。
それを横目で確認すると、桂は衣服に隠していた爆弾を取り出した。
素早く、爆弾を起動させる。
そして、それを道の先へと投げつけた。
爆弾が、廊下に落ちる。
轟音。
すさまじい風圧が、襲いかかってくる。
煙が湧き上がり、あたりに広がる。
その煙の向こうから、天人たちが現れる。
天人は皆、武装していた。
「皆、退けェェッ!」
桂は怒鳴った。
情報が漏れていて、この大使館の天人たちは桂たちが来る事を知っていたのだ。だから、予想外に、天人の兵が多い。
なに者かが潜んで待ちかまえているのを察知した時に、桂は仲間の中に裏切り者がいると分かった。すべてが敵方に筒抜けなら、勝ち目はない。
逃げなければならない。
仲間たちは、桂の声にはじかれたように刀を抜き、来た道を戻りだした。
「オオオオーーゥッ!」
天人の兵が雄叫びを上げながら、武器を手に、迫ってくる。
桂は抜刀すると、襲いかかってくる天人たちを睨みつけた。
天人の撃った銃弾が、桂の顔の横ぎりぎりを飛んでいく。
仲間たちを先に逃がし、桂はその一番後ろを走っていた。
自分は最後にして最前線でいいと思っている。
この作戦が失敗したのは、自分のせいだ。あの時、頷かずに、もっと下調べをしていれば良かったのだ。
ふと、頭をよぎったのは、銀時がかつて言った事。
ーーお前は、なりたくもないのにリーダーに祭りあげられて、損な性分だよな。
桂は、追いついてきた天人を即座に斬った。
こうなった以上は、自分一人で、敵すべてを引き受けるつもりだ。
しかし、桂のそばには、仲間が五人いた。彼らは、桂に攻撃する敵に向かっていく。それは、桂の意図している事とまったく反対の事だ。
だから、桂は怒鳴った。
「俺を守ろうとするな!」
その直後、桂と迫り来る天人との間に、仲間の一人が割って入る。彼の背を、天人が切り裂いた。彼は前のめりになりながら、顔だけは桂にしっかり向けて、言った。
「いいえ、……」
その先の言葉が紡がれるより先に、彼は廊下に倒れた。倒れ伏す一瞬前まで桂に向けられていた顔には、悲しげな笑みが浮かんでいた。
しかし、桂は立ち止まる事なく、敵と戦いつつ出口を目指した。
更に仲間を二人失った。
桂の近くにずっと付いていた者は、あと二人いた。だが、ようやく大使館の外に出た時、追っ手を攪乱するために、彼らとも別れた。
桂は夜道を走る。
背後からは、天人たちの威嚇する声が聞こえてきた。
桂は更に走る足を速めた。
少し行った所で、仲間を見つけた。
彼は深手を負って歩けないようで、壁にもたれるようにして座っていた。
追っ手はまだ迫ってきていなし、放っておけない。
桂は足を止めると、彼を背負った。
ぐったりとした彼は重く、上手く走れない。
けれども、桂は力をふりしぼって、走った。
しばらくして。
背負われている者が、桂に言った。
「お、おろして、くださ……い」
苦しげな声だった。
彼は身体のあちこちに深い傷を負っている。背負われているのがつらいのかも知れない。
追っ手の声は聞こえない。
桂は彼を降ろした。彼は道の上に座り込み、頭をがくんと落とした。
「大丈夫か?」
そう尋ね、桂は顔を彼に近づける。