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君に、泣く

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 その瞬間、彼はガバッと身を起こした。
 彼の手には拳銃が握られていた。銃口は桂に向けられている。
 桂がそれに気づいて身をかわすより速く、引き金が引かれた。
 銃声が響き渡る。
 桂の脇腹に、強烈な痛みが走る。その部分から、血が溢れ出してくる。
「貴様が、裏切り者か……ッ」
 桂は彼に詰め寄った。
 ついさっき引き金を引いた彼の腕は力を無くしていて、拳銃は道に転がっている。
 彼は桂を見て、薄く笑った。
「あんたの……首、取り……たかっ……た……」
 声は小さくなっていって。
 彼は眼を閉じた。
 そして、彼はもう動かなかった。
 彼は、死んだ。
 桂はそれを見届けると、歩き出す。
 撃たれた脇腹からは、血が流れ続けていた。

 もし血の跡を追われたら。そう思うと、桂は同志の家には行けなかった。
 あてもなく、歩いた。
 意識がもうろうとしてきて、自分がどこを歩いているのかすら、分からなくなってくる。
 やがて、力尽きて、倒れた。背を下にするのがやっとだった。
 土の匂いがする。
 どこかの庭だろうか。
 桂は眼をつむる。
 その顔に、なにかが落ちてきた。それで、桂は眼を開けた。
 手を動かして、落ちてきた物を拾い、眼の前に持ってくる。
 モミジの葉。
 近くにモミジの木があるようだ。
 桂はそのモミジの葉を持ったまま、腕を胸に置く。
 もっと、もっと、葉が落ちてくればいいと思った。
 落ち葉が、自分を覆い隠してくれればいい、と。
 これから、永い眠りにつくのだ。
 桂は自分が助からない事を理解していた。
 死を恐れてはいない。
 命がけで戦ってきた。
 多くの命も奪ってきた。
 その代償は、いつか払わされるだろうと思っていた。
 それが、今なだけだ。
 
 桂が必死で追い求めてきた事は、まだ成就していない。
 だが、桂は自分の生きているうちに、それが実現するとは思っていなかった。
 自分の後まで生きる者たちが引き継いでくれれば、それで良かった。
 後の者に続けてもらうためには、まず自分が諦めてはいけなかった。
 そして、桂はそれが叶わぬ夢だとは思えなかった。
 今の世の中は間違っている。
 正しくない事が、いつまでも続くわけがない。
 虐げられるのに慣れた人々も、いつの日か、この国は天人たちのものではなく自分たちのものだと、立ち上がるだろう。

 桂は再び、眼をつむる。
 このまま、土に埋もれよう。
 土の中で眠ろう。
 そして、いつか、自分の埋まっている土の上を、願いが叶ったと知らせる風が通りすぎてくれれば、いい。

 悔いは、無かった。

















作品名:君に、泣く 作家名:hujio