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りんごのうた

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 俺はおまえにおいしく食べられたいんだ。

 ずっと前からそう思っていたんだ。
 初めてそう思ったのはまだ白い花で着飾っていた春の頃か。まだ俺たち自身の香り薄く花ばかりが目立っていたころ、ふらりと幼い俺に触れたことが始まりだった。
 白くて長い指と控えめな言葉を乗せる低い声だとか、寝物語のように傍で聞いていた。俺は、お前を形作るすべてが気に入っている。
 ずっと、心地の良いベッドで眠ってお前の声を聞いていたいとも思っていたが、それはまだ肉の堅い内の幼い思想で、衣を緑から薄黄色に変えてからは、ずっとお前に食べられる妄想ばかりしていた。

 区画整理されたように俺たちの住処はきちんと等分にされ、緑の園は至極穏やかに季節を経ていて、俺はこの外の世界を知らない。だから、ふらりと現れた来訪者のお前に、目を奪われてしまったのかもしれない。
 ここ最近は、日を避けてカーテンをずっと厚く被っていたから、おまえの姿はよく見えなかったけど、あの声だけは毎日聞いていられるから安穏としていられた。

 暑い夏を越えて、ごうごうとした嵐をいくつも超え、貧弱な体つきからだいぶ見られるようになってきたと思う。
 おまえを満足させる甘さは残念ながら生まれつき持っていないけど、青臭さはもう少したてば芳醇さに変わる。
 そうしたら俺も少しは見られるようになるぜ、肌理が細かいのが自慢なんだ。

 纏った服をひん剥かれて、舌を這わされぜんぶぺろりと食べられてもいい。薄い唇でかぶりつかれてもいい。体内の蜜をかみ砕かれ残さず吸われてもいい。
 お前になら何をされてもいい。

 今日もゆったりとした風に身を揺らされて、そんな妄想に毎日毎日浸って今までの俺は過ごしていたんだ。
 余りにも甘すぎる妄想だったせいか兄弟たちからもよく言われたよ。
 アーサー、おまえは夢見がちだって、風で撃ち落とされないだけ俺たちは幸運なんだから、買う人を選ぶなんて、聞いたことがないって。

 俺だって、そりゃ生まれたときは何も考えず、少しでも綺麗にうまく育って、煮られても砂糖漬けでも酒漬けにされてもいいと思ってた。
 俺たちに末路は選べない。選ぶのは買う方の人間で、俺たちがどんな風に楽しまれるかは、選べない。
 買った奴の好きなように、楽しまれるだけだ。

 少しの傷でも、客を取るのにとてつもないハンデとなってしまうから、俺たちは柔肌を雨風から守るのに必死で、お前も守るのに一生懸命になってくれたっけ。
 少し前に一際大きな嵐が来たとき、合羽も取れかけて黒い髪もグシャグシャになりながら、俺たちを守ってくれたっけな。
 思い出は飲み下せば蜜になるだろうか、思い出を取っておけばこの身も少し、重くなるだろうか。

 ああ、よくわからない。

 お前が俺に、いや、そのほかの大勢も含めて売り物となる俺達に声を掛ける。綺麗によく育っていますね、と。
 俺はお前以外に食べてほしくはないのに、というぎらついた本音は全部飲み込んだ。
 こんな出すぎた事を願うのは、神や俺をはぐくんだ土と太陽への冒涜になるだろうか。




 秋の日差しはいつもより柔らかくて、俺たちの売られていく日を優しく照らし出していた。安らかな揺りかごも、カーテンも、土のにおいも全部が遠ざけられる。
 「いいひとに売られていくといい」
 「よい値が付くといいね」
 「今年のは出来がいいって、前から評判らしいぞ」
 旅立ちを控えた仲間たちは、口々に希望を語り、売られる前の最後の身支度を始める。
 かく言う俺は久々に目にした青い空が恨めしく、兄弟たちの騒がしさに加わることもできず、ぼおっと空を眺めていた。

 育ての親が、真っ赤な服の俺たちに気をよくし、今年の特にいい出来だと喜んで、お前はそうですね、とやはり薄い微笑みを浮かべながら俺たちを見守る。
 薄黄色の服は血も通わないのに真っ赤に染まり、何だか落ち着かない。

 元にいた緑の園は恋しいけれど、ずっとこの日の為に栄養を蓄えてきたのだから怖くはない。
 売女みたいな真っ赤な服を着て、身支度もそろった俺たちはいよいよ売られていく。
 一山いくらの感情も感慨もないやりとりを、この狭苦しい囲いの中で聞いていくだけだ。
 つやつやと光る肌をお前は美しいと思ってくれるか?それともあざといって思われるかな。

 ヒバリが俺達を見て、青空を旋回しながら笑う。もうこれからは鳥避けの必要もなくおどろおどろしい風船たちも木々から全部取り外されてしまった。
 ああ、秋だから、ヒバリではないのかな?

 刈り取られる間もずっと静かな目線で俺たちの出荷を見守っていたお前は、木の格子に閉じこめられていくのも、手を貸しながら見つめていた。
 笑えるほど自分の体を自由にできない、そう言う生き物なんだ、俺達は。

 これから俺たちの半分は、冬まで倉庫に入れられて、それからバラバラに切り刻まれて、寒い季節の食卓に並ぶ。
 ソルビトールの蜜を含んだ体は喜ばれる。思い出が詰まった俺の体は重い。思う存分かみ砕かれることも、パイのフィリングにされることも、腐ってアルコールと化すことも、お前の手にかからなければ、何の喜びもない。

 ああそうなったら、もう会えないな、そう自覚した瞬間、同時にはじめて涙を流せないこの丸い体を恨めしく思った。

 俺は人間じゃないから、泣き笑いは削ぎ落とされており、適当な感情を適宜な言葉で表すことも、ましてや伝えることもできない。
 俺はお前に食べられたい、これを人間がよく使う他の言葉に変えたらどんなものになるんだろう。

 でも、ずっと思っていたんだ。
 俺はおまえにおいしく食べられたいんだ。


 「どうしたの本田ちゃん」
 収穫後の林檎を沢山詰めたトラクターは、果実の芳香を匂わせ、重そうに荷台を満杯にしている。
 その荷台の隙間に乗れと促されたのに、ぼやけた思考でその足を止めていたのだった。

 箱に詰められた果実たちは、ワックスもコーティングされていないのに、自らの分泌した液でつやつやと光る。
 赤い赤い、季節を越えて蓄えてきたその色を、本田は見とれるように改めて日にかざした。
 フランシスの農園をこうして手伝うことは、一種のいい気分転換になり、本田にも特別な時間となっていた。
 彼が手がけた林檎は、この地域でも身が締まっていて香り高いと評判がよく、特にシードルから作るカルバドスは、遠くの国からも買い手が付くほどだ。
 土の匂いにも日の光にも随分慣れ、この緑の園に本田が安寧の念を抱いていた頃、本田自身も、こうして手間暇を惜しまず、慈しんできた果実たちに何らかの愛着を抱くようになっていた。

 「この林檎どうなさるんですか?」
 「半分はシードルにするし、半分はお菓子になるよ」
フランシスが首にかけたタオルで秋の陽光にうかんだ汗を拭う。本田はへえ、と頷きながら箱に詰められた一つを取り出す。
 まるい肥えた林檎の身が、本田の手のひらに重みを残し、選別された赤い身たちが、日に照らされて出荷の時を待つ。
作品名:りんごのうた 作家名:あやせ