りんごのうた
酒蔵やパティスリーに売られていく林檎たちは、おそらく喜ばれ値が付けられることだろう。一つのものに精魂を注いだのが珍しいことで、愛着が深すぎるのだろうか。何だかその当たり前を本田はもの悲しく思ってしまったのだ。
その思いがはやり、ふ、と思いつきで運転席に座る友人に声をかけた。
「これ、一つくださいませんか?」
「いいけど、生で食べるにはあんま向かないよ?」
不思議そうに眺める友人をよそに、本田は掌に取った林檎をまるで恋人を愛す仕草のように指で包んだ。
「なんだか、この林檎が食べてほしそうに見えたんです」
あらまぁ詩人、と持ち主のフランシスが笑い、快い承諾を得る。そうして本田は丸いフォルムの愛らしい、その林檎をようやくすべて手にした。
Tシャツで拭って改めてまじまじとその色つやにを一通り愛で、罪の象徴、という使い古された言葉を頭に浮かべた。
いえ、それでもあなたに罪はありませんね。
本田は口づけるようにその肌に唇を寄せて、彼の芳香と酸味、すべてを味わうことにしたのだ。