ツンデレ姫とヤキモチ王子
「ギル、今日弟くんはどうしたの? いつもなら一緒にいるじゃない」
「ん? あぁ、フェリシアーノちゃんに連れて行かれたんだよ。おいしいパスタのお店行こうってな」
「何でお前一緒に行かなかったの?」
「雰囲気が……な」
何を思い出したのか、げっそりした顔でため息をつかれた。
よほど二人で出かけることを楽しみにしていたのだろう、あの子は。例えギルベルトであれ邪魔はしてほしくなかったのか。
「そういうことだったら何でお前もいるんだよ、大体かわいい女の子でも誘ってしゃれた店行ってんだろーが」
「お兄さん、今日はそういう気分じゃなくて……」
「え!? お前が!? 好みと見たら女も男も問わず口説き倒すお前が!?」
その驚き方にちょっといらっときてパシッと軽く頭をはたいた。
「お兄さんにだって感情のムラっていうのはあるの! 仕方ないの!」
ふんだ、と顔を入り口の方に向け――と、そこで気付いた。
「……あ、」
ばっちりと視線が絡み合った相手は、アルフレッドに腕をつかまれたアーサー。
ここまでアルフレッドに引きずられてきたのか、服が乱れている。
「ふ……フランシス」
きれいな緑色の目が、不安げに揺れた。
「お、俺……、その……」
言葉が出てこないようで四苦八苦しているアーサーを前に、両脇のアルとマシューが動いた。
「ギルベルトさん! 僕の家のメープルシロップ使ったお菓子、食べません? 向こうに置きっぱなしにしちゃってるんですけど!」
「おいしいから食べに行くんだぞ!」
マシューが誘い、アルが了承も聞かずに引きずっていくという、強引な手段でギルを排除し、エントランスに残っているのは俺とアーサーだけとなった。
え、ちょっと待って何この状況。
「あの、これ、まさか――」
「黙れよバカぁ!」
どんっと胸を両手で突かれ、ふらっとよろめく。
もしかして、と思ったことはあった。坊ちゃん俺が好きなのかも、なんて。
けれど、その考えは意図も簡単に打ち砕けた。こんなに何百年も犬猿の仲やってきたのにそんなわけないじゃん、と。
でも、これは。この状況は。
「好きだ!」
思考の隙間に入り込む、アーサーの怒鳴り声。
「お前が好きだ! もう覚えてもいないくらい昔から好きだった! ……でも、お前はいっつも俺じゃなくて俺の傍の女ばっかり見て、だから実らない恋だって諦めてた。けど、もう我慢できねぇ……! お前のこと、本気で……ッ」
そこまで言ってこらえきれなくなったのか、細かい嗚咽があいつから聞こえた。
ああ、お兄さんここまで傷つけてたのか。坊ちゃんが振られることを前提に告白するほど。人前でほとんど見せることのない涙を流すほど。
お兄さん、愛のプロフェッショナルなんて名乗れないじゃないの、これじゃ。
「坊ちゃん」
袖で乱暴に目元をこすろうとするアーサーのあごをそっとつかみ、顔を上げさせる。
持っていたハンカチでそっと目元を拭い、右頬にそっと口づけた。
「俺もお前のこと好きだよ。今までにないくらいにね」
お前が初めてだよ、恋愛に関してお兄さんを後手に回したのは。
「え……あ、え……?」
目を白黒させて、信じられないとばかりに右頬にさわり、
「ば、ば、ばか! なっ、何だよいきなり!?」
よほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてぽこぽこお兄さんの胸を殴ってくる。
「こ……こく……何で、いきなり、キ……あ、あんなことっ!」
「いやー、唇でもいいかなって思ったんだけど、その反応を見る限りほっぺで良かったね。全く、菊じゃあるまいし……あいさつでキスすることだってあるじゃないの、こっちは。何でそんなに混乱してるの」
「だ……っ、こんな状況でそんなことされるとは……!」
「あーもう、はいはい」
頭をぐしゃぐしゃとなでてやると、やめろと手を振り払い、そこで我に返ったようだ。
「もう落ち着いた?」
「…………別にパニックになんかなってないし……」
照れ隠しか、つんとそっぽを向いたまま返事が返ってきた。
「よし、じゃあ午後の会議も頑張りますか! もうみんな帰って来ちゃう頃でしょ、席戻ろう?」
「そうだな」
にっこりとほほえみかけると、アーサーは微妙に赤くなった顔を隠して席へ駆け戻っていった。
アーサー、俺、お前をどこまでも愛せる自信があるよ。
例えお前がどんなにめんどくさい性格でも、ね。
その直後に入ってきたアルフレッドとマシューは二人とも自分の席でばったりと倒れ伏した。何十人もの人を押しとどめていたかのように。
そしてその後の会議に全く集中できなかったのは、当然……だよね?
作品名:ツンデレ姫とヤキモチ王子 作家名:風歌