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陽を抱き月下を行く

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ジンとウォッカが逃亡した。

そう知らせを聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのは、"最近"出来た友人の太平楽な笑顔だった。
どちらかと言うと、という表現がおこがましく感じる程度にはインドア生活を送っている自覚のある新一とは対照的に、陽光の下で仲間と笑い、騒ぎ、世間一般で言う真っ当な生活を送ることこそが似合いそうな男。その実、夜の顔は危険と狂気に程近く、月を背負う非日常の具現者。

名を、黒羽快斗と言う。

ハジメマシテの出会いは二度だった。
一度目は、太陽の光とは無縁の深夜、サーチライトに照らされた屋上で。
二度目は、晴れて一年半ぶりに高校に行った、その帰りに。

「めいたんてー、ナンパしていい?」

酷くふざけた口調と人好きする笑顔で新一を呼び止めた快斗は、最初の出会いとは正反対の黒い、学生服。
落ち着いたころあいを見て何かしらのちょっかいをかけに出向いてやろうと思うくらい、新一の心の中に爪あとを刻んだ男が、あっさりと、本来隠すべき昼の顔でのこのこ現れてくれたわけで。身に重すぎる黒服の一件が片付いたたばかり、大人しく学生をしながらの暇潰しがてら、過去の怪盗資料を元に現在の怪盗の正体を探るか、飽く迄夜の顔に会いに行くか、楽しい思索の最中だった身としては出鼻を思い切り挫かれるかたちとなった。

自然、返す言葉は険を含み、

「謝れ!」

だったのは、仕方ない。

ちなみに同行して一部始終を聞いていた女友達二人からすると、ナンパという言葉に対しての苛立ちと受け取れたらしいが、本来は、これから少ない情報を頼りに少しずつ推理するなりして本性を探り驚かせる段取りを組んでいる最中に解が突然出てくるな詐欺だろう推理モノとしてはご法度だろう、――…という自分本位極まりない事情からだった。

かくして一度目は職業柄、二度目は期待する出会い方の相異によりあまり微笑ましくは無い挨拶だった二人は、意外なのか想定通りと言えるのか、翌日にはあっさりと、親友という座に収まっていた。

双方の幼馴染からすると、親友が出来ることこそが快挙らしい。

第三者の驚きを他所に同じテンションで、同じ理解力で、同じ視野で会話が出来る二人は、学区を越えた友情というものを結び、土日になれば工藤邸で寛ぐ快斗がよく見られるようになる。


陽だまりのようだ、とは、新一が隣に住む戦友に告げた言葉だった。


そんな陽だまりのような日が、一本の電話で崩れ去る。

知らせて下さってありがとうございます、といつもの通り卒なく返したつもりが巧く取り繕うことが出来なかったらしく、既知の刑事が受話器の向こうで心配そうに名前を呼ぶ。大丈夫ですと返したのか、何でもありませんと返したのか、記憶は曖昧だった。

黒服の男たちと関わる切欠となった事件の当夜、年齢を、名を、居場所を奪われたと気づいた瞬間のようにただ、足元に一瞬暗闇が広がった気がした。

「…ッ…、…」

喉から小さく声が漏れるが、ただの呻きとなり自分以外誰もいない邸宅の中掻き消える。

電話を切り傍らの壁に背をついて冷たい床へと座り込んだまま、遠く、パトカーのサイレンの男と犬の鳴き声を聞く。そう言えば今日は快盗KIDの予告の日だったと思い出した。
存外近くが現場だったような気がする。…快斗と知り合って以降、意図してかの魔術師の現場に足を運ばず、情報も取り寄せようとしなかった新一には、その程度の認識しか無い。


それよりも、今は。


ジンとウォッカが逃げたということは、即ち、新一の優しい日常に幕が下ろされたということだ。


あの小さな探偵をしていた頃とは違う。彼らは、…ジンは組織崩壊の引き金として暗躍していたのが"工藤新一"だと気づいている。そして彼らが監視の厳しい特別留置所から逃げられたということは、それだけの協力体制がバックにまだ残っていたということ。
いや、生きて捕らえられたという時点で気づくべきだったのかもしれない。

彼らが何の為に捕まったのか。

組織の全容が明かされ関係者が次々と捕まって行く中で、警察と、そして新一に追い詰められた結果として選択肢無く捕まったとのだと思っていたが、恐らくは、この大捕り物の役者の顔を見極め、国際警察とも連携して動く為のキーパーソンとなっている人物を洗い出す意味合いが含まれていたのでは無いか。
無論、世間を騒がせた逮捕劇の中で、高校生探偵工藤新一の名前が挙がるようなことは一度も無かった。
新一が動いていたことを知る関係者は日本でも、そして海外でも、極限られた人数に留められている。

それでも、ジンには隠し通せている気はまったくしない。


いっそ、殺しておけば良かった。


そんなほの暗い感情さえ込み上げる。


もう、日常の中に新一の安全は無く、ただそこで生活すると言うだけで周囲を巻き込む火種になる。
今すべきことは荷物を取りまとめ、一刻も早くこの家から出て、何処へなりと身を隠すこと。居場所を、守るべき存在――…蘭や、隣の小さな科学者や、心優しい子供たちに知られないよう、ただひっそりと、失踪をすること。
そして隠密に前回の捕り物の中心人物にコンタクトを取り、新しい身分を手に入れ、組織の反撃に供えるべく情報を集め体勢を整えること。

全てが可及的早急に求められている。

学校に通い、友達とバカな会話をして、時に探偵として警察に助言をし、隣の少女に呆れながら忘れがちな食事を取る、そんな高校生の新一が存在すべき場所はどこにもなくなる。それは、分かっていた。

分かった上で浮かぶのは、太陽を背負う男の笑顔。

快斗の笑い声。

今ここに彼がいて全てを見ていたら、新一は背負い込みすぎるから、とでも言うかもしれない。

けれど仕方ないじゃないか、そんな快斗の笑顔も新一にとっては守りたいものの一つで、大切な一つで、だからこそ工藤新一という高校生の名と共に、今、切り捨てなければいけない。

そして背負い込みすぎてるのは、きっと、快斗にも言えることだろう。

夜の顔が背負うのは、亡き前代の意思と、幼い日に眼前で父親を奪われた彼自身の無念。
全てが終わったその時に、快斗は月下の魔術師でなく陽光の奇術師として表舞台に立つ。本人が直接口にしなくとも、言葉の端々にそんな夢…、いや目標を感じ取っていた新一にとっては、我がことのように楽しみにしていた未来だった。

「せめてあいつの、最初の舞台は見たかったな…。」

海外で行われるマジック最高峰の大会ですら、彼ならば軽く勝利を勝ち取り、目の肥えた聴衆にひと時の夢を見せることが出来る。
確信しているからこそ、確実に訪れるだろう未来に、自分が存在しないことがつらい。

「ち、くしょ…ッ……。」

漏れた声と共に拳を床に打ち付ける。そうして捕らわれそうになる絶望を振りほどき、腰を上げた先には、


「K…ID…?」


「見たい、と言うのは無論、私の舞台をですよね?名探偵」

それ以外のマジシャンのものだったら妬きますよ、と。

白い衣装もそのままに、気さくな昼とは異なる人を食った口調。
これもまた、快斗の持っている顔の一つ、月下の魔術師。
作品名:陽を抱き月下を行く 作家名:イチハ