世界で一番遠い I love you(英米/R15)
「俺にはもう、イギリスを好きでいる資格なんて、無いのかな・・・・・・っ」
「アメリカさん」
けして強引ではなく、優しく引き寄せられて抱きしめられた。
硬直するアメリカの背中を何度も何度も優しく擦る。
その手は幼い頃に泣きじゃくったアメリカを宥めるときのイギリスを彷彿とさせた。
けれど、鼻先を擽るのは潮と紅茶と硝煙の香りではない。
どこか落ち着く日本らしい穏やかな香の香りだ。
堪え切れなくなった涙がいくつも落ちて日本のスーツに染み込んでいく。
勝手に零れ落ちていく涙を堪えようと唇を噛んで目をぎゅっと瞑った。
固く噛みしめすぎて血が滲む。
それでも涙や声が漏れるよりもよっぽどましだ。
「日本、もう平気だよ」
涙が完全に止まり、宥められていることが恥ずかしくなって、俯いたまま
離れようとするとあっさり日本はアメリカを解放した。
子供のように泣いてしまったことが恥ずかしくて、ぷいとそっぽを向く。
そんなアメリカに日本はくすくすと笑みを零して口を開いた。
「安心して下さい。このことは誰にも言いません」
「それって武士の情けってやつかい?」
「おや、難しい言葉をご存じですね。ええまあ、そういったものです」
日本の言葉は難しいと口を尖らせて言うアメリカの目元をハンカチで拭って
よくできましたと頭を撫でる。
さすがに頭を撫でられるのは我慢できなかったらしく「止めてよ!」と
常のイギリスにするようにぺちんとその手を撥ね退けた。
手を撥ね退けられた日本は気にする様子もなくおやおやと微笑む。
「日本、お腹すいたんだぞ」
「はいはい。この間、イタリアくんに教えて頂いたレストランにでも行きましょうか」
「もちろんキミの奢りだぞ。ヒーローの涙を見た責任は重いんだぞ」
泣き顔を見られた恥ずかしさをごまかすように言い連ねるとはい、と日本は頷いた。
日本越しに外を見やるとすっかり夜の帳が降りていた。
会議が終わったのは17時過ぎだからそれから一時間以上は時間を
潰してしまったことになる。
さすがに会議場にも下のホールにも留まっている人は少ないだろうから
この顔を見られる心配はない。
(・・・・・・今頃、イギリスはフランスと・・・・・・)
不意に過った想像を頭をぶんぶんと振って振り払う。
不安に思うことなど無い。
イギリスとフランスが飲みに行くのはいつものことだ。
ふ、と息をついて、心配そうにこちらを窺っている日本に笑いかける。
大丈夫だと信じているのに笑っていないと泣き出してしまいそうだった。
◆ ◆ ◆
「日本、本当にここのピザ美味しいね!」
「ええ。さすがイタリアくんのお勧めのお店です」
にこやかに笑いながら口いっぱいにピザを頬張るアメリカは珍しく
ワインを飲んでいた。
酒でも飲んでないとやっていられないとイギリスに倣うわけではないが
今日はアルコールが飲みたい気分だったのだ。
向かいに座る日本もアメリカに合わせて白ワインをゆったり飲んでいる。
普段はあまり飲まないもののアルコールには強いはずのアメリカは
すでに顔を真っ赤してにして身体をゆらゆらと揺らしていた。
アメリカの認識としてはちょうどよいほろ酔いと言ったところでまだまだ俺は
飲めるんだぞとワインの瓶を傾けて、水のようにぐびぐびと飲み干している。
それでいてピザやオードブルを口に運ぶスピードは全く変わらないので
あっという間にテーブルの上の皿は空になってしまった。
「アメリカさん。大丈夫ですか?」
「うん、平気だぞーこんなの水と一緒さ!」
「ああ、駄目ですね・・・・・・。ここまで酔ってしまうとは予想外でした・・・・・・」
またボトルを注文しようとしたアメリカを押し留めて日本はため息をつく。
止められたアメリカはむう、と口を尖らせて不満気に日本をねめつけた。
「俺は平気なんだぞー」
「酔っぱらっている方は大抵そうおっしゃいます。そろそろデザートですし
珈琲でも飲みませんか?」
「んーしょうがないなあ日本は。俺はヒーローだからキミの頼みごとを聞いて
あげるんだぞ」
えへん、と胸を張って誇らしげに言うアメリカに水の入ったグラスを手渡しつつ
日本はウェイターにデザートを頼む。
その様子を水を飲みながら眺めていたアメリカは視線を空になった皿に落とした。
イタリアお勧めのレストランはピザもオードブルもワインもとても美味しい。
今日の会計は日本持ちだし、明日は仕事が休みだ。
そんな状況で何も憂うことはないのに何故だかふとした瞬間に心が沈んでしまう。
お酒をこんなにたくさん飲んだのにイギリスみたいに楽しい気分になれない。
そう考えたところでアメリカは気付いた。
(―――――ああ、イギリスか)
些細なことで彼を、イギリスを思い出してしまうからだと。
今日は美味しい料理を食べて、日本とたくさん話をして、お酒をたくさん飲んで
忘れようとしたのにずっと引っかかっている。
そして、些細なことで彼を思い出す。悪循環だ。
さっと皿が下げられて代わりに置かれたのはティラミスだった。
茶色と白のコントラスト。
彼の料理にはコントラストなんてない。
一面、真っ黒の黒焦げ。
さすがに中身はそうでないこともあったけれど・・・いや、中身も真っ黒は
そこそこあった。
味はこんなに美味しくない。
彼の料理を美味しいと思ったのは本当に小さい頃だけだ。
あの頃は何も知らなかった。彼がくれるもの以外は。
「―――――メリカさん。アメリカさん」
「っ」
名を呼ばれて、はっ、と視線を上げると少し眉を下げた日本と視線がぶつかった。
平気だよ、ぼーっとしていてごめんと微笑んで、ティラミスを口に運ぶ。
コーヒーリキュールが染み込んだスポンジもマスカルポーネのクリームも
本当に美味しい。
こんな美味しいものを食べてイギリスの料理を思い出すなど食に対する冒涜だ。
食べ物に対しては常ならぬ熱意を見せる日本にばれたら怒られてしまうかもしれない。
珈琲を一口含んで意識をはっきりとさせる。
それでもくらりと視界が揺れてしまうのは泣きそうになったからではなく
酔っているからだと言い聞かせて、アメリカは残りのデザートを口に運び続けた。
作品名:世界で一番遠い I love you(英米/R15) 作家名:ぽんたろう