Da Capo Ⅰ
明らかにどう説明して良いか分からないものを、彼女自身胸にあるように感じた。ずきり、と胸に強い痛みが走る。
(…今日は…哀しい曲が一番綺麗に弾けそうだ…)
そんな思いが体の奥を過ぎる。
今日はまだある。俺は「今日」を過ごす為に、少し細工をした。
「そのプレゼント、実は俺と先輩で昨日買いにいったんだよ」
「へ?」
きょとんとした表情、丸い瞳が可愛らしい。
「日野、前先輩に購買部の例のパン、あげただろ?先輩それのお礼がしたかったみたいでさ。「女の子へのプレゼントはどういうのを買ったら良いのか?」って俺の顔見て真面目に聞く訳よ。で、一緒に探して欲しいって言われたから、探してやったんだ」
「そ、そうなんだ…購買部のパンくらいでプレゼントなんて…」
購買部のパンをあげたのは本当の話だが、それが理由かどうかは…。
多分嘘だろう。俺の作り話だ。ひょっとしたら関係しているかもしれないが、胸にたまった想いを吐き出す為に。そう言う行動に出たのだ。
(先輩らしい…)
どうしたら良いか分からない時も、行動に起す。先輩は凄い、そう俺は思う。その素直さが、様々な人間に愛される要因なのだろう。
「でも、私たいしたことしてないし…」
「突っ返された方の身になれよ。そっちの方が失礼だろうが」
こつん、と頭を軽く小突く。もうっ、と日野は頬を膨らませて怒る。
これが良い距離なのかと一瞬胸の奥を過ぎる。体の奥にある見えない傷が開いた気がする
。
(これは意外と痛いな…)
今日の俺は何だかアイツみたいだ、むかつく。
「土浦君?大丈夫?」
「は?」
「百面相」
「はぁ?」
「してたよ、凄く」
「してねぇよ」
「ふふふ」
日野が楽しそうに笑っていた。
していたかもしれない、百面相。考えるとどうしても表に出る。
感情をそのまま演奏に落とすからダメだとアイツの言った言葉が過ぎる。
(…むかつく…)
日野はずっと笑っている。その楽しそうな声が耳の奥で綺麗な音楽を奏でていた。
ひとしきり笑い終わって、
「そうだね、折角二人が選んでくれたものだもんね。うん、ありがとう、大切に使うね」
笑って出た涙を人差し指で拭いながら、俺とここにいない火原先輩に感謝の気持ちを伝えてきた。
それと同時に授業開始の鐘が鳴る。急がないと、と俺を急かして日野は渡された紙袋を大切に握り締めていた。
空は青く、雲は遠く。風は緩やかで、空気は爽やか。
こんな変わらない世界であっても、俺とお前の距離がここで変わらなくても。
今だけは、少しだけこの痛みを我慢してみようと、そう思った。
Da Capo Ⅰ 了