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Coffee Break

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そういうことがきっかけで、ふたりの朝のミーティングは始まったのだ。

例の一週間で仕上げるという難題を、なんとか、息も絶え絶えに無事乗り切ったあとも、恒例のように、毎朝、この場所で顔を突き合わせる日々が続いている。




ハリーは振り向くと、当たり前のように「おはよう」とドラコに声をかけてきた。
両手には紙コップに入ったコーヒーがふたつ握られていて、そのひとつをいつものようにドラコに渡す。
「おはよう」と返事を返しながら、いつもの定位置のテーブルにふたりして座り込んだ。

コーヒーを一口すすって、「それで」と目で相手を促す。
ハリーは分かったように頷き、「今度の事件はややこしくてさぁ」とドラコに話し始める。
ドラコは胸ポケットから取り出した小ぶりの手帳に、相手の話す内容を手馴れたように、スラスラと書き留めていく。

ハリーは喋りながらも、手に持っていた袋から、ドーナッツを取り出すと、ふたりのテーブルの真ん中に置いた。
今では、ドラコは家で朝食を食べたことがない。
いつもハリーが用意してくれるからだ。

毎日、日替わりでテーブルに乗る朝食は、サンドイッチだったり、パイだったり、シナモンロールだったりするが、総じていつも甘いものが多かった。
「糖分は朝に取ると頭の回転が速くなるんだ」というのが、ハリーの持論らしい。
「だから、マルフォイも遠慮せずに食え」と言って勧めてくるので、今ではここがドラコの朝食の場所になってしまっているし、それはハリーも同じことだ。

それに、ここで毎日ハリーと顔を突き合わせていると、思わぬ収穫もあった。

今まで、居心地が悪かった職場での人間関係が、とてもスムーズになってきたからだ。
あの『ハリー・ポッター』と親密だと分かった途端、ドラコによそよそしかった同僚が急にやさしくなったり、親切になったりした。

やはり、ゴールデンボーイの威光はすごいというか、魔法省の職員らしい己の保身ための変わり身の早さは、さすがだというのが、ドラコの感想だったりする。
まあ、居心地が悪いよりはいいほうが、ドラコも過ごしやすいので、今の環境に異論はない。


――それに――

ドラコは再びコーヒーをすすって、小さく笑みを浮かべる。


ハリーは自分の目の前で、今しがた解決したばかりの事件の真相を、身振り手振りを加えて、一生懸命、ドラコに説明をしていた。
本当に難しい事件だったらしくて、話が前後したり、ふいに内容が辻褄が合わなかったりして、かなり説明にてこずっているようだ。
そのあいだも、コーヒーを飲んだり、ドーナッツをパクついたり、大忙しだ。

ドラコはその姿に目を細める。
ハリーは何かに夢中になっているとき、生き生きとしたとてもいい表情をすることに気付いたのは、いつの頃だったろう?

グリフィンドールらしい、自由さと奔放さとは、とても魅力的だった。

コーヒーをいつも自分の分もいっしょに入れてくれるのも、二人分の朝食を当たり前のように用意してくれるのも嬉しかった。

口元が緩んでくるのを引き締めようとしても、自然と笑みが浮かび、心が温かくなってくる。

ついに始業を知らせるベルが館内に響いてきて、途端に、今まで現場実況を熱演していたハリーは、ぱたりと手を止める。
「あーあ、仕事かぁ。全然、説明ができなかったよ。今日さぁ、仕事が上がったあとヒマ?出来たら、今夜、付き合ってくれないかな。報告書を早くしろって、また先輩からせっつかれているんだ」
「ああ、別に用事がないからいいけど」
軽く頷くと、ハリーは「やったー!」と手をたたいて素直に喜ぶ。

「助かった!もちろん、晩御飯は奢るから。今日は中華がいいな。エビチリとかどう?」
「ああ、美味しそうだな」
「決まった!」などと答えて、ドラコの肩に気軽に手を置く。

「いつも世話になりっぱなしなのに、メシを奢るぐらいしか、出来なくてホントにごめん」
ハリーが謝る。
「いいから、気にするな」と、ドラコは首を振った。
「ああ、スリザリンとは一生ウマが合わないと思っていたのに、本当に出会えてよかった。助かっている。ありがとう!」

ハリーは満足そうに礼を言って背中をポンポンと叩くと、「じゃあ、またあとで」と笑って、自分の部署へと向かっていく。


その後ろ姿を見送りながら、「分かっていないな」と、ドラコは苦笑した。

彼が言うように、本当の自分は計算高い、生粋のスリザリンだ。
『報告書を手伝う』のは、ただの親切心からだけじゃない。

能天気なハリーは気付いいないけれども、ここで僕たちは毎朝デートしていると、省内ではもっぱらの噂だ。
まわりからふたりは、社内恋愛中だと勘違いされていることも、ドラコは知っている。

もちろん、あえてそれを打ち消したり、もみ消そうともしていなかった。
そっちのほうが、省内でも人気が高いハリーに、悪い虫がつかないからだ。

ライバルは少しでも少ないほうがいいに決まっている。


うつむくと、ハリーが入れてくれたコーヒーカップを手の中で回してみた。
白いカップの中、黒い漆黒の渦から芳しい香りが心地よく立ち上ってくる。
それを一口飲み、『鈍いよなぁ、アイツは』と目を細めた。

『今日は強い酒でも飲んで、酔いつぶれたフリをしてみようかな』などと、思ったりもする。
でも、きっと相手は自分がベッドで寝ていても、心配してオロオロして、ただ付きっきりで介抱してくれるだけかもしれない。

――いや、あのハリーのことだ、絶対そうに決まっている。

『やっぱり、鈍いよな……。でも鈍いから、そこがいいんだよなぁ』
などと思いながら、残ったコーヒーを飲み干し、楽しそうに微笑む。

マルフォイと呼ばれていたのが、いつの間にかドラコと呼び名が変わったように、自分がハリーの隣にいるのが当たり前のように、ゆっくりと、ハリーの生活に自分の生活が重なっていけばいいなと、ドラコは思っていた。

──そうなれば、どんなにいいだろう……





次の休日、久しぶりにホグスミードへ出かけてみるのもいいかもしれない。
もうすぐしたら、ハリーの誕生日だったからだ。

――ドラコは、家族以外にプレゼントを渡す相手がいることが、とても嬉しかった。

楽しそうに、プレゼントの内容を考え事をながら椅子を引いて立ち上がると、ドラコも自分のオフィスへと歩き去っていく。




三階の奥の一番左端のテーブル。
柔らかな日差しが差し込むそこは、いつもふたりの指定席だった――


   ■END■
作品名:Coffee Break 作家名:sabure