Da Capo Ⅳ
音楽科の人間から比べれば確かに荒削りだけれど、少しだけ日野ちゃんに似ている気はする。
真っ直ぐで純粋。
ただ、「弾いている人間」が問題なだけで…。
(ただそれだけだというのに、何だろうこの違和感…。)
あたしは溜息を付いてしまう。
そう言えば先日。
あの強面な音楽科の月森君に対してもがんがん「自分節」を当てていたな、と思い出す。
場所は図書館なのに、日野ちゃんと月森君が一緒に喋っている所を見て割り込んだのだ。
少なくともあたしにはそう見えてる。
傍にいた土浦君が必死に笑い声が図書館内に響かないように手で口を押さえて真赤な顔をしていたっけなぁ、とその光景と表情を思い出し笑いが吹き出そうになったその時。
「先輩は、素敵な、方です!」
顔を真赤に染めながら冬海ちゃんの飾らない告白の言葉が聞こえた。
突然の大きな声、しかも冬海ちゃんの声と言う事もあって、あたしは呆気に取られてしまう。
でもすぐ、あぁ、あの表情写真にとっておけばよかったな、とか無駄な事を考えてしまう。
何時までも記者って視点がなくならないのは良い事なのか悪い事なのか。
先輩が、イコール加地君ではない事は分かる。
冬海ちゃんが「好き」と言う対象は、彼じゃない。
それは誰もが分かっている事だから。
彼女の、日野ちゃんへの「好き」は尋常じゃない。
百合とかそっちじゃないんだけれど、そう思われても仕方がないよねぇ、とほくそえみながらその光景を見てしまう。
目の前の超純情
(顔には似合わず、だけれどね…)
さて、此れからどう弄ってやろうか。
嘘を教えてやろうか。
いやいや、冬海ちゃんも聞いてる。
間違えて彼女がそんな事をしたらもう二度と立ち直れなくなってしまう。
あたしは彼女の演奏が好きだ。
控えめな中に沢山の愛情が篭っていて、静かな中に饒舌な程、愛の言葉が沢山込められている。
(まぁ、何だかんだで、こいつも上手いんだけれどねぇ)
真っ直ぐすぎて痛々しいくらいの音の流れ。
クラシックとか正直良く分からないのだけれど。
少なくとも、この学園に居るコンクール出場者の音は凄いと思う。
技術とかは、凄いな、しか分からないけれど。
こんなにも「音楽は語るもの」だとは、正直思いも寄らなかった。
思えば、人が奏でているのだ。
愛情を込めて、怨念を込めて、楽譜に一つ一つおたまじゃくしを乗せているのだ。
それが、語らないわけがない。
(そう言うことに気がつけたって、何かラッキーかも)
あたしはそう思う。
「そ、そんな、こと、ありませんっ」
「あるよ、絶対!」
冬海ちゃんの顔が先程よりも更に赤くなってる。
「何々?どうしたの?」
あたしが声を掛けると、顔見るなりよろっ、と体を預けてきた。
肩が震えて泣くのを堪えているように見える。
「一寸加地!何してんの!」
「え、い、いや、俺は悪くない!悪くないぞ!」
「あんた、一寸性格悪いわね!」
「わ、悪くない悪くないっ。勝手に冬海さんが泣き出したんだって!」
「勝手に、ってそんな訳ないでしょ!」
「本当だって、そうだって!」
余りにも必死に否定するので、仕方がないと冬海ちゃんに質問してみる事にした。
「ねぇ、冬海ちゃん。こいつの言っていること本当?」
「…」
黙っている。
当然だ。
普通は黙るよな…、とあたしも思う。
あたしだって同じ事を聞かれたら、絶対にそうなる。
ちゃんと聞きだせる言葉をもてていないあたしは、記者失格だわ、と反省する。
「…良く、分からなくて」
「何が?」
しばらく経過してから冬海ちゃんは口を開いた。
「加地先輩に、香穂先輩の音楽が好きって事は、香穂先輩の事が好きだって事でしょ?、って言わ、れて…」
「そうじゃないの?」
「…」
又黙り込む。
数十秒間が開いてから、搾り出すように言葉を紡ぎだした。
「す、すき…好きって言うのは、そ、その…れ…れ、恋、愛感情の事で…」
「はぁ?」
「…お、可笑しいですよね、絶対、可笑しい、ですよね」
「冬海ちゃん…まさか…
「ですから、よ、良く分からなくて…」
…これはスクープだわ。
何か知らないけれど、とんでもないスクープだわ。
だけれど、何か、絶対触れちゃいけない気がしてならないのは何故かしら?
それからあたしは冬海ちゃんの、必死に言葉を探しながら話す「好き」に付いての思いを延々と聞き。
何故そのようなことになったか分からないのだけれど、必死に「今の場所に戻ってくる」様に説得していた。
(加地のヤツめ、余計な事を…。)
と、舌打ちしながら心の中でずっと加地に五寸釘を打ち込んでいた。