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セカイノコエ

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『遣りたい事と遣るべき事が一致した時、世界の声が聞こえる』

嘗て、幼馴染の少年がそう言った。

ならば、『遣るべき事』を全て放棄して、『遣りたい事』だけを選んでしまった僕は…もう二度と『世界の声』を聞く事はないのだろう。








 照明の絞られた薄暗い廊下に、カツカツと規則正しい靴音が響き渡る。
 靴音をさせているのは漆黒に艶を消した金で縁取りられた騎士を思わせる衣服を身に纏った一人の少年。
 彼が歩く度に癖のある紅い髪と上着の裾がふわりと揺れる。
 その様は、闇の中で揺らめく炎にも飛び散る鮮血の紅にも似て。
 清廉な騎士の雰囲気を纏わせているにも関わらず…どこか艶めいて見える。
 と、唐突に少年は立ち止まり…振り返ることもせずに髪と同じ紅い色をしたつり目がちな大きな瞳をス…と細め、射抜くような鋭い視線を後方へと向けた。

「…いい加減、出てきたらどうですか?」
 絶対零度を思わせる低く冷たい声で言葉が紡がれる。
「気づいていたか。流石、銀河美少年」
 少年の視線の先、十字路になった廊下の陰から現れたのは、道化師を思わせる奇怪な装束を身に纏い、顔の上半分を仮面で覆い隠している大柄で鍛えられた体躯を持った一人の青年。
 彼が纏っているのは、今二人が立っている場所…秘密結社『綺羅星十字団』本拠地の地下施設にいる大勢の団員の中でも、シルシやエンブレムはおろか部隊に所属すらもしていない下級団員が纏う装束だ。
 射抜くような鋭い視線はそのままに、不快そうに眉根を寄せ…若干怒りを滲ませた声で少年は言葉を続けた。
「僕をその名で呼ぶの止めてくれないか。今の僕はエンペラーの『ナイト』だ」
「『ナイト』…ねぇ…」
 青年はゲラゲラと下卑た笑い声をあげながら少年…ナイトへと近づき彼真正面へ立ち、彼の顔を覗き込むようにして見下ろした。
「美少年の次は騎士…とはね。随分と大層な名前を名乗るじゃないか」
 無駄な肉などついていない鍛えられた体躯だが、どちらかというと細身で背も余り高くない少年を大柄の青年が見下ろしているのだから、かなりの威圧感があるだろうにそれをされているナイトには動じている様子はなく。
 むしろ見上げる鋭い視線で気圧されているのは圧倒的に有利に見える青年の方で。
「…この名前を決めたのは僕じゃない。キングが、僕にくれた名前だ」
 いつ理不尽な攻撃を仕掛けられるか解ったものじゃないこの状況で、ナイトは己の胸に手を当て誇らしげに嬉しそうに…どこか夢見心地にも見える表情で言葉を紡ぐ…が。
 それを聴いた瞬間、青年の瞳に宿ったのは憎悪にも似た激しい怒り。
「貴様は!キングの力に屈して軍門に下った卑怯な負け犬だ!なのに…何故貴様だけがキングのっ…」
 突如激昂し、ナイトの胸倉を掴み挙げた青年の視線の先に在るのはナイトの衣服の左肩。そこに縫いつけられているのは…第一隊『エンペラー』の紋章(エンブレム)。
 第一隊『エンペラー』の代表であり、今や名実共に綺羅星十字団の支配者である『キング』に一番近い存在であるという…その証。
 綺羅星十字団に居る者ならば誰もが欲するそれを、現在身に着ける事を赦されているのが自分よりも遥かに年若いまだ少年である彼だけだという事実を、青年はどうしても認められない。
 ならば同じくまだ少年である『キング』はどうなるのだと思うかもしれないが、彼は生れ落ちたその瞬間から既に『王』なのだから年齢などは超越した存在なのだ。
「何故…だって?そんなの、決まってるじゃないか」
 胸倉を掴み上げている手を無造作に払いのけ、反動で黒と紅の衣服の裾を翻して数歩後ろへと下がり、青年へと向き合ったナイトはにこりと綺麗に微笑み言った。

「キングがそれを望んだから…だよ」

 真っ直ぐに向けられた陰りのない澄んだ瞳は…それ故に底知れぬ深淵を思わせ、見る人を酷く惹きつける。
 青年は背中を冷たい汗が流れ落ちるようなゾクリとした感覚を覚え…息を呑んだ。

「用件はそれだけ?なら僕は行かせてもらうよ」
 キングの傍に戻らないといけないんでね、と再度踵を返して去っていこうとする彼に無意識に伸ばそうとしていた手に気づき、慌てて拳を握りこんで下へ降ろした。
「はっ!…今晩もキングとお楽しみってか?」
「…何だと」
 投げつけられた言葉に、ナイトは微かに眉を顰める。
 普段よりも低音の明らかに怒りを含んだ声音に…自らに湧き上がった感情を打ち消す事に必死な青年は気がつかず、更に下卑た言葉を続けた。
「そのお綺麗な顔と身体に誑かされて、キングはお前に夢中なようだからな。大方キングがお前だけを傍に置いているのだってそれが理由だろうさ!精々媚を売って可愛がって貰えばい……」

 瞬間、真紅と漆黒の風が吹き抜けた…ように見えた。

 次いで鳩尾に走る衝撃。
「ぐ…ふっ…!?」
 彼が、真紅と漆黒の風と思ったものが一瞬で彼との距離をつめた『ナイト』で、鳩尾に感じた衝撃が神速ともいえる速さで繰り出された拳によるものだという事に気がついたのは、殴られた鳩尾に追って繰り出された膝蹴りを受け…痛みで地面へ膝を突いて座り込んでしまったその後の事で。
「僕の事はどう思おうと蔑もうと構わない。負け犬でも裏切り者でも、卑怯者でも。好きなように呼べばいい。実際その通りなんだしね。けど…『キング』を侮辱するのだけは、許さないよ」

 スタードライバーとしての資格どころか部隊に所属すら出来ていない下級の団員である彼は、愚かにも知らなかったのだ。
 サイバディの強さとは、その機体が優れているかどうか(勿論それもある程度は関係してはいるのだけれど)よりも…むしろ操るドライバーの実力によるものなのだという事を。
 綺羅星のサイバディをいくつも破壊し、実質的には無敵であったサイバディ、タウバーンの強さは…それを操る『銀河美少年』の力によるものだったという事に…彼はようやく気がつき、そうして恐怖した。
 ナイトは、自らが殴りつけ膝で蹴り上げた鳩尾に更に追い討ちをかける様に足先で数度蹴り上げる。
 嘗て、銀河美少年と呼ばれていた頃の彼は、幼少の頃からスタードライバーとして訓練されてきた知識と経験を生かし、敵であろうと相手を無闇には傷つけないという闘い方を選んでいた。
 それは相手に致命傷を与えない為にはどこを避ければよいかを熟知していなければ出来ない事であり…裏を返せばどこを攻撃すれば相手により多くのダメージを与えられるのか熟知しているという事でもある。
 地面へ倒れ横向きで転がり、痛みで身動きする事すら出来なくなってしまった青年を、蔑んだ様な目で見下ろすナイトの声や顔からは一切の感情が消えていて。
 表情の無い、冷たい瞳で見下ろすナイトは元々の整った顔立ちも相俟って、まるで人形の様。
「本当ならキングに対する侮辱罪でこのまま粛清してもいいんですけど…今日はこれで止めておきます」 
 しばらくの間そうして見下ろしていたナイトは、突如にこりとそれは綺麗な笑みを浮かべ、言葉を綴る。
「キングの願いを叶える為に…一応は貴方も必要な人材の一人、ですからね」
 場と言葉にそぐわない彼の邪気のない明るい笑顔は…先程の人形じみた表情より更に恐怖を青年に感じさせた。
作品名:セカイノコエ 作家名:MAKOTO