セカイノコエ
どこまでも澄んだ…深い深い底知れぬ闇を秘めた深淵の紅い瞳。
本能が、警告を告げる。
危険ダ。
アノ紅イ瞳ヲ見テハイケナイ。
惹キツケラレ…魅入ラレテシマエバ最後。
囚ワレ…後ハ何処マデモ堕チテ行クダケ。
では失礼、と踵を返して今度こそ場を後にするナイトを阻むものは…もう誰も居なかった。
「ちょっと時間がかかっちゃったな。もう部屋に戻ってるかも」
団員の青年に絡まれる前より少しだけ早足の靴音を響かせて、当初の目的であった部屋の前へとたどり着く。
重厚な造りの扉に手を伸ばしたその瞬間に。
『……ト君』
ふと、頭をよぎった記憶の片隅で…向日葵色の髪と焦げ茶色の瞳をした、愛らしい少女が泣いていた。
「 」
声に出さず、口唇だけで彼女の名を呼ぶべば、それだけで心がズキリと酷く痛む。
嘗て、『銀河美少年タウバーン』として命を懸けて護り、宿命から解放すると誓った皆水の巫女。
『銀河美少年タウバーン』は彼女を護る騎士。
だから、彼女の手を放して彼の手を取ったその瞬間から…銀河美少年タウバーンはこの世界の何処にもいなくなってしまった。
そうして今や『ツナシ・タクト』も何処にもいない。
今、ここにいるのは綺羅星十字団第一隊エンペラー所属『ナイト』
エンペラー代表『キング』の絶対にして忠実な僕(しもべ)。そして最も彼に近い存在。
それだけでいい。
未だ記憶の中で泣き続ける少女の面影を振り切るように、重厚な造りの扉に鍵を差し込み鍵を開ける。
軋む様な音と共に開かれた扉の向こう、正面に配置された一見して高価なものであるとわかるソファーには優雅に腰掛けた『彼』の姿があった。
第一隊エンペラー代表にして綺羅星十字団全てを束ねる『キング』と呼ばれるスタードライバー。
嘗て…シンドウスガタと呼ばれた少年。
タクトが全てと引き換えに手に入れた…唯一無二の存在。
「…キング。もう戻ってたんですか」
「ああ、お前は遅かったな」
返された返事と共に真っ直ぐにこちらを見ている琥珀の瞳が綺麗で。
間近で観ていたくて、足早に彼の傍へと駆け寄る。
抱き寄せられて他愛もない会話をいくつか交わして…ふと思いついた願いを口にした。
「ねぇキング。『僕』を呼んで?」
突然の願いに彼は驚きもせず優雅に微笑み耳元に口唇を寄せた。
「…呼んで欲しければお前も『僕』を呼べ」
耳元で囁かればそれだけで、ゾクリとした感覚が身体中を駆け抜ける。
「ねぇスガタ。『僕』を呼んでよ」
一気に高まる熱を吐息と共に吐き出して…スガタが望むどおりの言葉を紡げば、クスリと笑みを漏らし…腰にまわした腕の力を強めた。
離さないとでも言うようなその腕の強さにどうしようもない歓喜が沸き起こる。
「おいで、タクト」
そうして望み通りに名を呼ばれ、嘗て銀河美少年と呼ばれた少年…ツナシ・タクトはフワリと嬉しそうに微笑み、自らの腕をスガタの首に回すと…その口唇に薄く開いた自分のそれを重ね合わせた。
『遣るべき事』を全て放棄して、『遣りたい事』だけを選んでしまった僕は…もう二度と『世界の声』を聞く事はないのだろう。
けど、今の僕の世界は『彼』だから。
『彼の』声が聞こえるなら…それだけでいい。
FIN