【C】 少年進化論
きっと、今までの自分なら何事もなくやり過ごしていた。
見上げる空は、赤く、薄暗い。金融街と呼ばれるここでは現実世界からは考えられないことが多くあり、ただ不思議だった。
そびえ立つビル群に、どれもこれも白で統一された建物が多く、かと思えば、何かのオブジェにも似た建造物が建ち並んでいて、まるで街全体が巨大な迷路のように複雑だ。だが、その中心となる広場は色とりどりの絢爛豪華な作りになっていて、たまにお伽噺の世界に迷い込んだような錯覚に陥るときがあった。
もちろん、実際はそんな優しい世界などではなく、黒い金に覆われた、見えない恐怖と不安が常に付き纏うそんな場所であることは感じている。
それでも、こんな得体の知れない場所で、自分が逃げずにここにいられるのは、今もこうして朱い少女が傍にいてくれているから。
「痛て~・・・」
切れた唇を触りながら呟けば、朱いスカートをくるんと翻して、宙に浮いた真朱が覗きこんできた。
「当たり前じゃない、弱いくせに一人で戦うんだから」
呆れたような声にムッとしつつ目を向けると、思ったより近い距離でじっと見返されて戸惑う。
「なんで、戻ったの?」
分からない、と疑問を含ませて真朱は同じ事を何度も聞いてきた。
―なんで、一度逃げたのに、また戻ったの?
聞こえてくる声は真朱の声に似ていて、自分の心の内側から問いかけてくるようだった。
(なんで、なんて・・・そんなの)
「そんなの、言っただろ、そーいう気分だったんだよ」
笑いながら答えるとピリッとした痛みが走ったが、それでも良かった。
―真朱を馬鹿にした奴を、殴ることができて、良かった。
笑う自分を、まるでおかしな者を見るように眉間に皺を寄せて真朱は見ている。
きっと説明したって、彼女には理解できない。でも、それでもいいんだ。
だって、今自分は、笑って、ここにこうしているのだから。
それだけで、十分だ。
「・・・あんたって、ほんと、変わったアントレだよね」
分からないことが悔しいのか、眉間の皺は変わらず、じっと見下ろしてくる顔はどことなく不機嫌そうだ。
「お前だって、アセットなのにラーメンばっかり食べて、変わってるだろ」
なんとなく言い返してみると、そう返されるとは予想していなかったのか、真朱は目を見開いて口を大きく開けるなんとも間抜けな顔をした。
「お前、美少女が台なし・・・「ハアッ!?あんた何言ってんの!アタシがあんたと同じ変わり者だとでも言いたいわけっ!!?」
だぞ、と続けるはずだった言葉は、怒声とともに伸びてきた腕によって遮られ、
「おち、落ち着、けよっ!」宥める自分の声も聞こえないのか、またはあえて無視しているのか、真朱の怒鳴り声を聞きながら体がガクガクと揺すぶられる。
「だいたい、あんたはねぇ!いつもボーッとして、アタシがどれだけ・・・」
ふいに、途中で言葉を途切らせて、真朱が顔を上げた。突然の行動につられるように、その視線を追って同じ方向に顔を向ける。
「あ・・・」
予想もしていなかった人物が、離れた場所から笑いながらこちらを見ていた。
「・・・三國、さん」
なぜか、自分の口から出てきたその人の名前は、ひどく掠れた小さな音にしかならなかった。
見上げる空は、赤く、薄暗い。金融街と呼ばれるここでは現実世界からは考えられないことが多くあり、ただ不思議だった。
そびえ立つビル群に、どれもこれも白で統一された建物が多く、かと思えば、何かのオブジェにも似た建造物が建ち並んでいて、まるで街全体が巨大な迷路のように複雑だ。だが、その中心となる広場は色とりどりの絢爛豪華な作りになっていて、たまにお伽噺の世界に迷い込んだような錯覚に陥るときがあった。
もちろん、実際はそんな優しい世界などではなく、黒い金に覆われた、見えない恐怖と不安が常に付き纏うそんな場所であることは感じている。
それでも、こんな得体の知れない場所で、自分が逃げずにここにいられるのは、今もこうして朱い少女が傍にいてくれているから。
「痛て~・・・」
切れた唇を触りながら呟けば、朱いスカートをくるんと翻して、宙に浮いた真朱が覗きこんできた。
「当たり前じゃない、弱いくせに一人で戦うんだから」
呆れたような声にムッとしつつ目を向けると、思ったより近い距離でじっと見返されて戸惑う。
「なんで、戻ったの?」
分からない、と疑問を含ませて真朱は同じ事を何度も聞いてきた。
―なんで、一度逃げたのに、また戻ったの?
聞こえてくる声は真朱の声に似ていて、自分の心の内側から問いかけてくるようだった。
(なんで、なんて・・・そんなの)
「そんなの、言っただろ、そーいう気分だったんだよ」
笑いながら答えるとピリッとした痛みが走ったが、それでも良かった。
―真朱を馬鹿にした奴を、殴ることができて、良かった。
笑う自分を、まるでおかしな者を見るように眉間に皺を寄せて真朱は見ている。
きっと説明したって、彼女には理解できない。でも、それでもいいんだ。
だって、今自分は、笑って、ここにこうしているのだから。
それだけで、十分だ。
「・・・あんたって、ほんと、変わったアントレだよね」
分からないことが悔しいのか、眉間の皺は変わらず、じっと見下ろしてくる顔はどことなく不機嫌そうだ。
「お前だって、アセットなのにラーメンばっかり食べて、変わってるだろ」
なんとなく言い返してみると、そう返されるとは予想していなかったのか、真朱は目を見開いて口を大きく開けるなんとも間抜けな顔をした。
「お前、美少女が台なし・・・「ハアッ!?あんた何言ってんの!アタシがあんたと同じ変わり者だとでも言いたいわけっ!!?」
だぞ、と続けるはずだった言葉は、怒声とともに伸びてきた腕によって遮られ、
「おち、落ち着、けよっ!」宥める自分の声も聞こえないのか、またはあえて無視しているのか、真朱の怒鳴り声を聞きながら体がガクガクと揺すぶられる。
「だいたい、あんたはねぇ!いつもボーッとして、アタシがどれだけ・・・」
ふいに、途中で言葉を途切らせて、真朱が顔を上げた。突然の行動につられるように、その視線を追って同じ方向に顔を向ける。
「あ・・・」
予想もしていなかった人物が、離れた場所から笑いながらこちらを見ていた。
「・・・三國、さん」
なぜか、自分の口から出てきたその人の名前は、ひどく掠れた小さな音にしかならなかった。