そんな時には夢の話を
その、久しく見ていない珍しく屈託のない表情に、ちゃかしてやるのも忘れていた。
サドっ気があるとか、基本いじめっ子気質であるとかはこの際何処かに置いておいても。
この男にしてみれば、単にそんな年相応の反応を示した兄弟が可愛かっただけだという事は判るので。
ロイはグラスを手にしたまま、目を細めるようにして部屋の傍らのテーブルに置かれたままの本を見つめている。
ここにはいない者達を見ているのだろうと妙な確信を持つと同時に、・・・何か、心の何処かでひどく安堵した。
「・・・なぁロイ、お前退役したら博物館でもやれば?」
その横顔を眺めていると、ごく自然に言葉がこぼれ落ちる。
ゆっくりと振り返った視線は、変わらずに穏やかなまま。
「…こんな統一感のないやつをか?」
「何でもありっぽいトコがむしろウケそうだぞ。特に女子供に」
いいじゃん、お前の得意範囲だろ。と笑ってやれば、妙に実感の篭った口調で「女性はまだしも子供は苦手だ」とか、まっとうに返事が返ってきた。女は外さないところが世間一般の野郎共から見てむかつく所だろうが、だが捻くれ者なこいつにしては、今のはわりに色よい返事のうちに入るだろう。何処が琴線に触れたかは知らないが、聞き流さずにおくことにしたらしい。
「――――"ヴァンダーカンマー"」
「何だそりゃ?」
「異国の言葉で『不思議な部屋』という意味だそうだ。珍しい品物ばかりを集めた部屋らしい。金持ちの道楽でよく作られていたらしいが」
「ぴったりじゃねぇか」
まさにこの家の状態がそうだろう。
何が飛び出してくるのか謎な、一見しただけでは価値の判らないものばかり。
しかも本に至っては、私設図書館くらいは開けそうな程に。ちっさい錬金術師たち曰く、『とんでもない値段の付く本がある』らしいが、錬金術絡みの専門書がどれかすら自分には不明だ。あの兄弟が言うなら質・量共に文句はないレベルだろうし。図書館を併設した博物館って親切で良さそう。
「中央の方のも合わせたら結構な量になんじゃねぇ?」
「・・・あちらの方が訳のわからないものが出てきそうだな」
まぁ、そこは年季入ってるし。
そういえば長らく行ってないな。今度様子見に行こう。
「そんなご大層なもの建てる事ねぇから、こんな家で充分だろ」
「こんな家言うな」
「で、それらしいいわくとかうんちく付けてソレっぽく飾れば見れない事もないだろ。んで、本の管理はエドに任せて」
「・・・そこでどうして鋼のが出てくるんだ?」
さて、どうしてでしょう。
首を傾げるこいつを放っておいて、オレは思いつくままに段々楽しくなってきたプランを練り上げていく。
「リザちゃんは会計担当」
「・・・そこでどうして」
「だってお前に金の管理が出来るとは思えねぇもん」
「・・・・・・。」
今だってこの状態だし。
ザ、野放し。
言ってやれば、お気に召さなかったらしいが事実でもあるので反論はない。
ただ、ほんの少しの間考えるフリをして、やがてに一つ息を付く。
「・・・だったら、お前は仕入れ担当だな」
「オレが?」
「この家をこうした責任の半分はお前だろう」
「半分は言い過ぎだろ。まぁお前がどうしてもってんなら、仕入れに飛び回るのはやぶさかではない」
「乗り気だな」
「国中廻れってことだろ。オレの家族の分も頼むな。必要経費」
「3人で行く気か」
「2、3日の出張でもこんなツライのにそんな長期間離れてられるかっての。それにその頃にゃ4人かもしれねぇぜ」
いや、5人でも良いかも。
そんな予想図に思いを馳せていれば、僅かな間呆れたような表情をしていたロイは、何か言いかけていた口を噤むと、やがて笑みを引いた。
「…でたらめだな」
「ああ、でたらめだ」
「だが――――」
悪くない。
声に出さずにいたヒネクレ者の言葉を、オレは確かに聞いていた。
グラスを重ねる音とともに不意に思い出す。
互いの未来に幸あれと、いつか2人で話した、
これはそんな夢の話だ。
作品名:そんな時には夢の話を 作家名:みとなんこ@紺