そんな時には夢の話を
さて、酔いも覚めやらぬうちのそんなホラー体験ののち、車を拾って帰路に着く。そして当たり前のようにもぐりこんだロイの家だったが。
そこで待ち構えていた光景もまた、奇妙なものだった。
「・・・ロイ、これいい加減にしろよ」
「何がだ」
いや、何がだって。
そんな素のふりして返されても困るんだが。何がおかしいと問われれば、とりあえず、全部と答える。
「やりすぎじゃねーか、この部屋」
「・・・そうか?」
「おかしーだろ、色々」
久々に訪れた親友宅は、前にも増して妙なものが増えていた。
錬金術師にそんなに知り合いがいるわけではないが、知っている連中には凡そ共通点がある。
総じて錬金術師の家は嵩張る。
主に本。そしてわけのわからない器具だのなんだのだ。
しかも学生時代から思っていたことだが、この目の前で不思議そうな顔をして小首を傾げている(傾げるな、何歳だお前と言いたい所)この男は、守備範囲…もとい、興味の範疇がやたら広い。
・・・ただ、面白そうだと思ったものは何でも良いのかもしれないが。
更に悪いことに、こいつは家事全般を初めとする生活力に関してはさっぱりだ。よって片付けない。しかもどんな状態でもこいつ的に差し迫りさえしなければ大概のものが気にならない。その上で良くわからないブツは増やす。
その悪循環の結果、作り上げられたのがこういう空間で。
玄関周りや廊下は良い。意識的にか無意識かは知らないが、まだ人目に触れる可能性が高いからだろう、外面のやたら素晴らしい男はこういった見える範囲には物は置かない。
が。
一歩奥へ足を踏み入れれば、正直、そこはただの混沌とした空間と化す。
居間で陶器で出来た妙な置物とご対面したので、とりあえず一抹の不安を胸に、いつも寝床にしていた部屋の扉を開けて中を覗き込めば、更によくわからないものと目が合った。
・・・お前、ここ客間にしてたんじゃなかったか。
「兄弟が集めてきたものが結構幅を利かせてきたんで移動したんだ。いわくありげな物がたくさんある」
「半分はお前が面白がって買ってきたもんだろ」
つーか嬉しそうに言うな。
ほろ酔い気分もかっ飛ぼうと言うもの。・・・というか、この部屋で寝ろってか。
しかもこいつ、絶対自分の寝室には持ち込んでないに違いない。それは賭けても良い。
抗議を込めた視線を送ってやれば、何故か半目の視線が返ってきた。
「お前やハボックが持ち込んだものもあることを忘れているんじゃないだろうな」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
つー、と極々自然に視線を逸らす。
「・・・・・・そうだっけ?」
「酔っ払いの土産だ。何だ、あのランプ」
記憶にございません。
本気で全く記憶に無いが、視線を逸らした先、部屋の片隅の棚の上に何かが乗っていた。
間違いなく、何かが、ある。よくわからない形をしたアレが件のランプとかだろうか。
「・・・どっかあげちまえば?」
「寄贈しようにももう何が何だか。博物館行きか、研究所行きか、ただのガラクタかもすでに判らん」
「誰かに分けてもらえば良いんじゃね?」
「どの専門の鑑定人、何人呼べばいいと思う?」
「あー・・・」
それは確かに。
しかもこいつは極端に家に人をあげたがらないタチなので、余計無理だろう。
・・・しかしそれだと増える一方になるが、いいんだろうか。
「埋まってからだと遅いんじゃね?」
「大半の原因の癖に今更言うな。何なら持って帰れ」
「オレの完っ璧なスウィートホームにはそんなもんの入る余地はない!」
即答してやれば、何やら物凄く面倒くさいものを見るような失礼な目で見て来やがったが、本日の家主と言えど所詮酔っ払いだし。寛容な心で受け流してやった。
あからさまにあてつけられたため息も、勿論見ないふりだ。
「・・・お前はできあがってたから覚えていないかもしれんが、前の時に物凄く胡散臭い木彫りの像か何か置いていっただろう」
まだいうか。
結構根に持っているらしい。しかし、言われたそのブツは何とはなしに記憶の片隅にあったような気がするので、下手に反論はしないでおく。
何せ、ブツがブツ、だった、はずだ。
「・・・何か呪われそーなアレか?」
「呪われそうなと思うような物を人の所に持ってくるな」
記憶を辿れば、何だか妙な物が像を結んだ、が。はっきりいって余り思い出せない。まだアルコールの影響下にあるからだろうか。
それとも、思い出したくないだけか。
しかしどうやらロイも酔いが醒めてきたようで、視線が定まってきた。表情も僅かにしか変わらないものの、ぼんやりしたのから、いつものに近くなってきている。
マズイ。
こうなってきたら誤魔化しが効かないのだ。
「いや、面白がるかと思って」
取りあえずまだいけるかと思ってへらりと笑ってやれば、嫌がるかと思いきや、何故か間逆の反応が返ってきて、オレは思わず目を瞠った。
「・・・まぁ、楽しませてもらったが」
「・・・・・・何に使ったんだ、あんなもん」
口元に刻んだ笑みが微妙に不穏で、思わず不審げに問い返せば、胡乱気な視線が返ってきた。
「持ってきたお前が言うな」
それから。
結局微妙に寝そびれてしまったオレたちは、居間にとって返して掘り出した酒をお互いに傾ける事にした。
深夜にまたがる様な深酒は本当に久し振りだ。だが、明日もまた無駄な資料の整理に追われるのかと思うとやさぐれたくもなる。何せこれが伸びれば伸びるほど、愛しのエンジェルたちの待つ我が家が遠ざかる。
そうしてポツポツとお互いの近況だのくだらない噂話だの何だのを交わしている時、ふと 中途半端に放っておかれたさっきの事を不意に思い出して、何げに聞いてみた。
「結局さっきのアレで何したんだ?」
本当に何処から持って帰ってきたのだか、本気でさっぱりだが、確かあれは結構な大きさだったはずだ。
見たところ、この部屋にも、客間の中にもない。一度見てしまえばしばらく忘れられないようなご面相なのでそれはすぐに判った。
目の前の男は良い感じに回っているのか、珍しく機嫌の良さ気な笑みを浮かべて2階を指す。
「この間まで納屋がわりの部屋につっこんであったんだが」
「が?」
「先日、兄弟が来た時に探し物をしていて、間違って引っ張り出したらしくてな」
・・・ありゃ。
それは、ちょっと、
結末を聞くまでもない。思わずすまん、と心の中で何処かの空の下であろう兄弟に謝った。
だがそんな殊勝な心がけをこれっぽっちも悟らない、空気を読んでも気にしない友人は、至極ご満悦な感じで。
「2人して絹を裂くような悲鳴だった」
「・・・あー・・・」
何、このウキウキっぷり。
まぁそりゃちょっと見たかっ・・・じゃない、本当に悪い事したな、兄弟には。
――――でも普通部屋片付けてる時にそんな妙なもの出てくるとは思わないよな。
・・・が、人がちょびっとだけ反省しているその横で、元凶(片付けないこいつが悪い)はその時の事が余程お気に召してるのか、滅多にお目に掛かれない表情で笑っている。
作品名:そんな時には夢の話を 作家名:みとなんこ@紺