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つわものどもが…■06

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06:逃がさない、絶対に





「じゃじゃん!」
目の前には、期待感の混じった笑みを浮かべる元親。と、その手に何かの紙切れ。

今日の講義を全て終えて、さて帰ろうかと法学部の校舎を出たところで元親に出くわした。と言うか、待ち伏せされた。
だからアンタはどうしてそう俺の行く先々に現れるんだ。
「……what?」
ヨレっとした薄手のパーカーにジーンズ、履き潰したスニーカー(文字通り踵を踏みつけて草履のように履き潰している)姿の元親は相変わらず俺を見下ろすようにしながらにこにこと笑っている。身長差があるので見下ろす格好になるのは仕方ないにしても、この楽しそうな表情が分からない。その紙切れは何なんだ。
「近くのシネコンの優待券」
「So?」
「政宗、なんか見たい映画とかねーの?」
「What of it?」
「俺とデートしようぜ」
「How so?」
校舎の通用口付近で疎通しない俺達の会話を横目に、そう多くはないとは言え学生達が行き来する。中には少し離れた所で立ち止まる者もいる。This is not a show!(見せもんじゃねーよ)
「ナンだよぉ、俺とデートじゃ不満かよぉ」
目の前の大男が手にした優待券とやらをペラペラ振りながら口を尖らせて言う。まるで子供だ。
「あのなぁ、そういう事じゃなくて…」
「戯けが」
俺が元親に言い掛けた声は冷やかな声とドカッという音に消された。
「く…こ、この…っっ」
先程まで俺の視界を占領していた大男は、今は情けなく足元に蹲っている。その傍らに立つのは鷹揚に腕組をして背を丸める元親を見下ろしている元就さん。あ、この場合「みおろす」じゃねぇな「みくだす」だ。
「お…おまっ、脛…っ」
あぁ脛を蹴飛ばされたのか。そりゃ痛かろう。
「木偶が斯様なところで立ちはだかっておっては、行き来の邪魔であろう」
然も当り前といった様子で言っているが、その元就さんも通用口の前で仁王立ちしている。
「何か言いたそうであるな、政宗?」
「No way!何もねぇよ」
答えながらも、つい視線を元就さんからスライドさせてしまう。何処まで分かってるんだ、この人は。
「ではそういう事にしておいてやろう」
「……Thanks?」
「そんな事より、」
足元で脛を押さえて蹲る元親を他所に、元就さんが俺に向き直って言った。
「こやつと映画に行くくらいならば、我とテーマパークに赴く方が有益ぞ」
「テーマパーク?」
思わぬ人物から思わぬ単語が飛び出した。
こう言ってはナンだが、元就さんとテーマパーク、あまりしっくりこない取り合わせのように思えて聞き返してみる。
「株主特典でな、パスポートが手に入るのだ」
なるほど、そう言う事なら合点がいった。
「それ、俺が行っていいの?」
「我に同行するという条件で、な」
それにしても…想像できない。テーマパークでテンションの上がる元就さん…うん、ないな。ない、ない。
元親なら想像も容易なんだが、とまだ蹲ったまま脛をジーンズ越しにさすっている大きな塊を見遣る。
「元就さん…それ、元親と3人ってのは、なし?」
なんとなく。
なんとなく、3人で行った方が楽しいんじゃないかなぁ、と。漠然と。
折角の誘いに野暮な提案をした事は自覚している。けれども、入学以来ふと気付けばこの3人で居る事が多くて、それが自然なように思えた。
「ま、政宗ぇ〜!」
Oh…目ぇきらきらさせたグレート・ピレニーズが見上げてきてやがる。
「元就さん…駄目、かな?」
あとの判断は元就さんに託す。ちょっとズルい気がしないではないが、俺が勝手に決めていいものでもないと思う。
眉根を寄せ渋い顔つきをしていた元就さんが、呆れたように小さく吐息して、
「政宗の望みであれば致し方ない。日程に苦情を申し立てず己のパスポートは自費で賄うとあらば認めてやろうぞ」
足元(もう痛がってはいないがまだ蹲ったまま)のグレート・ピレニーズを見遣って言った。
「ぅおおおお、マジか!?」
ひとつきりの目を爛々と輝かせて、元親が吠えるなり勢いよく立ちあがる。
「ふん、政宗に感謝するがいい」
不承不承といった様子で言い捨てる元就さんに、
「有難うなぁ、政宗ー!」
元親がバッと両腕を広げて俺に向き直った。それに思わず身構えてしまった俺だったが…
「げふっ」
奇妙な声をあげて、元親が今度は脇腹を押さえながら再び地に蹲った。視界の隅に、元就さんが突き上げた膝を戻している所作が見える。俺は嘆息して構えを解いた。
意外にも武闘派なんだよな…元就さん。
「政宗」
「ぅわ、はい!?」
思わずして裏返った声で答えた俺に、
「なんぞ、疚しい事でも考えておったか?」
すっと切れ長の双眸を細めて言われてしまった。
「Ah…that’s not true.(ンなことないよ)」
別に疚しいだとか失礼だとか、そんな事を考えていた訳ではないので否定の意を返してみる。そんな俺の言葉を吟味するように見詰めてくる視線が心なし痛く感じる。
「まぁいいだろう」
訴求を諦めてくれたらしい。よかった。
「それよりも、政宗」
「Hum?」
「同行者はこの馬鹿だけだ、他は許さぬ」
わかったな、と釘を刺された。勿論、これ以上増やすつもりはない。
入学して間もない頃に比べれば、同じ講義に居合わせる生徒や同じ学科で顔見知りも増えた。昼食に誘われる事もあるし、講義の後に数人でカフェに寄る事だってある。
それでも、休日にプライベートで楽しめるほどに気安い連中は、アンタ達以外に思い当たらない。アンタ達だから、楽しい。



そう思ってたのは確かだし、これは俺も予想していなかったんだ!



「政宗よ…」
「Sorry…」
天気は申し分ない程の、快晴。
ストライプのフレンチスリーブのカットソーの上から気に入りのボレロカーディガンを羽織って、下はクロップドデニムに履き慣れたバレエパンプス。昨日の夜中まで悩みまくってこれにした。帽子も持ってくればよかった。人気のテーマパークだから多少の混雑は覚悟してたけれど、まぁこのくらいなら混んでるうちには入らないかな。
それに、エスコートは元親と元就さん。
絶好の行楽日和。
……なん、だ、けど。
「これは一体どういう事だ」
うん、それは俺も聞きたい。
「どうぞ、お気になさらず」
「なさるに決まってんだろ!何でオマエがココに居るんだよ、小十郎!」
元就さんがくれたパス(元親は条件通りに自分で買ってた)でゲートを入って数分もたたないうちに、俺達は思ってもみない人物に出くわした。正直、元就さんと同等かそれ以上にテーマパークとは縁遠そうなヤツだ。
「そなたが伴ったのではないのだな、政宗」
「Obviously,俺だって驚いてんだ!」
格好こそ普段のようなスーツでないものの…純粋に遊びにきているとは思えない。
だって、ひとり…だぞ?
「おいおいおい、保護者付きかよ」
元親が頭の後ろで両手を組んで溜め息交じりに溢す。と、途端に小十郎が威嚇するような視線をぶつけた。いや、威嚇するようじゃなく、確実に威嚇している。元親も態々それに応えなくていいから!
確かに…週末の予定を聞かれた時に今日の事は伝えた。それは同居している「家族」として当然のルールだと思ったからだ。
しかしまさか…
作品名:つわものどもが…■06 作家名:久我直樹