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誘惑の果実

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混乱したまま言葉を重ねる桃子に、響は目を細めた。先程までの穏やかな表情が掻き消され、身が竦むような残酷な光が目に宿る。
「それだけじゃなくて、俺を見てると自分を捨てた鬼を思い出すんだろ?」
冷ややかな物言いに、桃子は言葉に詰まらせた。
「いやいや俺に付き合ってでも鬼頭の花嫁を気に掛ける、その原動力は何なんだろうな?」
ひやり、と背筋を悪寒が走る。先程までの穏やかな食卓はそこにはなかった。机の上で留まっていた響の腕が再び伸ばされ、桃子の頤に触れた。視線を逸らすことができず、目を細めた。迷ってはいけないと思うのに、なかなか声にならない。
「……もう、傷付けたくないからよ」
やっとの思いで絞り出した言葉に、響は眉を顰めた。
「どうだか。お前は自分が叶えられなかったものを神無に夢見ているんじゃないか? 平凡な女が鬼達に慈しまれる、それを」
テーブルに身を乗り出し、響の顔が近付く。秀麗な顔は嘲るような笑みに彩られている。
「嫉妬は失敗に終わった。ならば、と。嫉妬の裏返しの身勝手な願望を捧げて、神無に自己投影しようとしているだけじゃないのか? 友情なんかではなく、結局は自分本位の――」
「違う!!」
弾かれたように立ち上がった。
「あたしは今度こそ神無の信頼を裏切らないって決めたの!! あんなことをしたのに、それでも寄せ続けてくれる神無の信頼に足るだけの人間になろうって、決めたのよ。神無に自己投影? そんなこと、出来るわけ無いでしょ!! あの子はあたしなんかとは全然違う。あたしは、せめて神無の――」
桃子は声を詰まらせた。言葉にならずもどかしい。響を睨みつける桃子の表情は泣き出しそうにも見え、響はふと表情を曇らせた。
「おい――」
悪かった、言い過ぎた、と響が謝ろうとした時。視界を黒い影が掠めた。咄嗟に腕で払い除けると、床に叩き付けられたそれは耳障りな音とともに破片を辺りに撒き散らした。その上にフォークが、雑誌が、勢い良く落ちる。
「バカ、やめろ!」
ナイフブロックを掴みかけた桃子を、響が慌てて抑え込んだ。
手負いの獣のように激しく抵抗する桃子を床に座り、抱き締める。今何かを言っても逆効果だと、黙って桃子を腕の中に閉じ込めた。視界の端のナイフブロックに、響は嘆息した。鬼の花嫁は人と同じようにか弱く容易く傷つくが、その血は鬼によって歪められているため、輸血が叶わず失血性ショックに陥ることがよくある。こんな激情型の花嫁では命がいくつあってもたりないな、と腕の中で暴れる桃子を見下ろす。怒らせた自分を棚に上げて響は溜息をついた。
床に座り込んだ形で、腕を振るえないような形で巧みに拘束されても、桃子は暫くは諦めずに響に抵抗していたが、どれも徒労に終わった。
「神無が猫みたいだとか言ってたが、お前も大概猫じみてるな」
呆れたような響の物言いに、桃子は緩く頭を振った。
「神無をあたしなんかと一緒にしないでよ」
桃子が無駄な抵抗に疲れ、ぐったりと響の胸に凭れると、それまで痛いほどに桃子の背を圧迫していた力が消えた。ああ、拘束が融けたのだな、と思いつつも、最早改めて響に物を投げる気力は無さそうだった。収まりが良いように抱え直されるのを感じながら、目を閉じて響の鼓動に耳を傾けた。
「なんで、いきなり怒り出したのよ」
柔らかな身体から発せられた声は既に怒りを含んでおらず、やわらかく響いた。
「……教えてやらない。自分で気付けよ」
「また喧嘩売るつもり?」
顔を上げると思いがけず響の顔が近かった。
「そうじゃなくて……お前が自分で気付かなきゃ意味が無いことなんだよ」
「意味が分からない」
「今はそれで良いよ」
響の目元が和む。彼らしくない表情だ、と思いながら桃子は顔を伏せた。付き纏われるのも連れ回されるのも、こうやって抱き締められるのも苛立って仕方がない一方で、嫌いではないのだ。しかしその背後に潜んでいるであろう響の思惑を考えると、決してそんなことは口にできなかった。
「あんたといると疲れてしょうがない」
溜息混じりのそれに、響は再び腕に力を込めた。
「それでも俺を見張るんだろう?」
「そうよ!!」
桃子が反射的に答えると、響は笑った。楽しげな響の表情は見覚えのある懐かしいもので、良からぬことを企んでいるその表情に、桃子は友人の身を案じて気を揉むことになる。交差しない感情。捻じれの位置に突き進むのはひどく二人らしかった。


作品名:誘惑の果実 作家名:萱野