Massage
『っもしもし!?』
酷く焦った様子で聞こえた帝人の声にも反応できず、静雄はぼうと口を開けたままだった。ぽろりと落ちた煙草にも構っていられない。今襲われたら後頭部に一撃食らってそのまま倒れ伏してもおかしくない、それくらい呆けていた。
『し、静雄、さん……?』
「竜ヶ峰……」
やっと絞り出せた声はふるふると小さく震えている。ああぁ、と電話口の向こうで小さな悲鳴が上がった気がした。
『き、聞いちゃいました、か?』
「なんだ、今の……」
同時に発されながらも聞きとれたようで、うわああと帝人が悲鳴を上げた。頭を抱えているのかもしれない。見てぇな、と頭の冷静な部分で静雄は思う。
『ちっ、違うんです、あの、』
「違うってお前、ありゃお前の声だろうが」
『そっ、そうですけどあの、違くてその、自分で進んで録ったんじゃないんです、正臣が』
「まさおみ……?」
『あっ、えっと、紀田正臣です、幼馴染の、茶髪の』
「あぁ、あいつか」
『そうなんですっ、正臣が無理矢理、その、』
間に合ったと思ったのに、と蚊の鳴くような声で呟く帝人の顔は、きっと酷く赤いのだろう。あァ、やっぱり見てぇな、と頭の冷静な部分で思いながら、静雄はゆっくりと足を動かした。どこかぎしぎしとした動きで、一歩一歩、待ち合わせ場所の公園へと向かう。
『デフォの機械音声じゃつまんないとかなんとかって、僕は嫌だって言ったんですけど』
「なんで」
『なっ、なんで、って、恥ずかしいじゃないですか、なんとなく』
「別に恥ずかしくもねーだろ」
『静雄さんだってびっくりしてたくせに!』
「あれは……ほら、あれだ。いきなりだったからよ」
ぎこちなかった足の速度も段々と上がってくる。やっと落ち着いた。今度は帝人を落ち着かせる番だな、と考えて頷いた。とりあえず携帯が使えないようにこのまま通話を続けよう。それで合流したら、アイツは間違いなくアレを消そうとするだろうから、それをなんとかして止めないといけない。
「悪くなかったと思うぞ」
『け、けど、』
「なんとかって奴もやってんだろ」
『え? あ、正臣、ですか? まぁ、はい。けど正臣は特殊っていうかなんていうか、ああいう性格だから』
「じゃあいいじゃねえか」
『えええっ、』
見えてきた公園のブランコ傍で、案の定真っ赤な顔をした帝人が携帯に向かって必死に話している。どうやら相手が近付いてきていることにはまだ気付いていないらしく、その姿に静雄はくっと笑いを噛み殺した。
『よくないですよーっ』
「まぁあれだ、とりあえずもっかい聞かせろな」
『えっ、』
「そんなわけで一回切るぞ」
『っ! 分かりました、切りますよ!』
「おー」
しめた、とでも言いたげな表情に近付いていく。ぎこちなかった一歩は先ほどの倍の歩幅になっていた。ズンズンと近付いて、耳から外した携帯を握りしめた帝人の右手を、ぐっと抑える。
「わっ、」
「設定を変えるのは無しだからな」
「し、静雄さん、遅れるって」
「間に合うって言おうと思って電話したんだよ」
その用件も、心の準備が出来る前にいきなり飛び込んできた可愛い声で飛んでしまったのだけれど。
「で、だ」
「えーっと……」
「聞かせろ」
「ほ、本気ですか?!」
「当たり前だろうが。電話、出るなよ」
「うぅ、よりにもよって目の前で聞かれるとか……」
言いながらリダイヤルを押し、携帯を耳に当てる。無機質なコール音が数回響くのを聞きながら、ずるずると真っ赤な顔を俯けて座りこむ恋人の姿に笑みを浮かべるのだった。
『はい、えっと、竜ヶ峰、です。お電話ありがとうございます――……』