Massage
『お電話ありがとうございます。ええっと、すみませんが、竜ヶ峰帝人は現在、電話に出ることができません。ピー、という発信音の後に、メッセージをお願いします』
もう何回聞いただろうか。
ソファに凭れたまま、静雄は動くことができないでいた。
陽の落ち切った時間。窓から差し込む光はない。暗い部屋で、無機質に通話の終了を告げる携帯の電源ボタンを一度押す。ぶつりと切れた音。目を待ち受けに向け、指先で力なく、もう何度も繰り返した行動をもう一度なぞる。
ぷるる、ぷるると鳴る音は、つい今さっき聞いたものよりも少し暖かく感じた。重い腕を持ち上げて、携帯を耳に当てる。いち、に、聞こえてくる電子音をカウントしていく。さん、よん……実際よりも長く感じるそれが一定数を超えた時、ぷつりと小さな音がして、愛しい声が、流れてきた。
『はい、えっと、竜ヶ峰、です。お電話ありがとうございます。ええっと、すみませんが、竜ヶ峰帝人は現在、電話に出ることができません。ピー、という発信音の後に、メッセージをお願いします』
「……――まだやってるのかい」
部屋に差し込んだ人工的な光。“彼”の言う「発信音」を聞き届けてから、静雄は光の元を目で辿った。
「静雄、もうやめなよ。吹影鏤塵、そんなことをしても」
「うるせぇ」
ぎ、と睨みつける目は暗く、深い。それを見て、片手に袋を提げた新羅は息を吐いた。
「静雄」
「うるせぇ」
「もう何日経ってると思ってるのさ」
「っ……るせぇ」
「一週間だよ。……彼の携帯もいずれは止まる。そこから抜け出さないと、」
「うるせぇうるせぇうるせぇっ!」
「っ、」
腕の筋肉が一瞬盛り上がるのを認めた直後、新羅は身を引いた。間一髪、静雄の腕がその指を掠り、彼が持っていた袋を部屋の隅へと払い飛ばす。鈍い音と共に床に落ちた袋からは、おにぎりが数個覗いている。友の身を案じたセルティからの差し入れだった。あぁ、彼女が見たら悲しむな、と新羅はそれを見送る。小指が痛みを訴えた。折れたかもしれない、と冷静に思いながら、庇う。
「静雄」
「るっせぇ……放っておいてくれよ、俺は、もう、」
「………」
「っ、か、ど……帝人帝人帝人……帝人……」
一週間前。
帝人が死んでからずっと変わらず塞ぎこんだ親友の姿に、新羅は僅かに顔を伏せた。
――君が開けた穴は、あまりにも大きすぎたみたいだよ、帝人君。
新羅の言う通り、帝人の携帯電話はもうじき止まるだろう。そうなれば、彼が残したメッセージも消える。その時、彼はどうなるのだろうか。なにを支えに、生きていけるのだろうか。飛ばされた袋を拾い上げ、座りこんだまま動かない静雄の前に置きながら、新羅は息を吐いた。
「セルティが作ったんだ。食べなよ」
「………」
静雄の手元の携帯からは、またあのメッセージが流れ始めていた。それをちらりと見遣り、新羅は立ち上がる。開け放たれたままのドアに手を掛けたところで、後ろから小さく聞こえた自分の名前に振りかえる。
「分からねぇんだよ、」
「………」
「どうしたらいいのか、もう」
俯く表情は窺えない。悲痛な表情を浮かべながら、新羅はその扉を、閉じた。
【Message】
発信音が鳴る。ただ一言、会いたい、と呟いた。