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綾沙かへる
綾沙かへる
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花咲く季節に、祝福を。

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「おめでとう」ではなくて
「ありがとう」を、あなたに。


>>>花咲く季節に、祝福を。


 別に、これと言った記憶が残っているわけでもなく。時間が流れていく以上、年に一度は必ず巡ってくるその日、けれど別に今までと何ら変わった事もなく。家族や、友人達が笑顔でおめでとう、と言ってくれるから、嬉しかった事も事実。だからどうした、と心の片隅で呟いた事もまた事実。
 生き物は、生まれ落ちたその瞬間から、確実に終りに向かって長い道を歩き始めるのだから。
 「…せいぜい、しぶとくなってやるかな。」
 そう思い始めたのは、いつからだろう。

 誰かに呼ばれて、重い瞼を押し上げる。いつの間にか転寝していたらしい。どのくらいの時間が流れたのか、下敷きになっていた腕が痺れて感覚がなかった。傾いたままだった首が疲労を訴えて、それを意識すると鈍く痛み始める。身体中を覆う倦怠感だけが残った。
 「…もう、なんでこんなところで寝てるんですか。」
 頼りない固さのソファに手を突いて身体を起こすと、少し怒ったように眉を寄せたキラが見下ろしていた。
 部屋の中は薄暗い。窓の外に視線を向けると、菫色の夕暮れが広がっていた。
 「いや…いー天気だなぁ、と思ってらつい、さ。」
 春先の柔らかな陽射しは、眠気を誘う。それに抗える生き物には、お目にかかった事がないほど抗い難い。引き込まれるように、ついソファに転がってしまったが最後、やけにあっさりと夢の世界に旅立ってしまった。その代償に、思わず溜息が出るほど身体がだるい。
 「だからって、こんなところで寝てると風邪引きますよ。」
 その気持ちが多少なりとも理解出来るのか、苦笑混じりにキラは言った。
 「…で、なんで今日はこっちなの、おまえ。」
 カーテンを引き、部屋の明かりを点ける背中に向かって呟くと、キラは振り返って呆れたように溜息を吐いた。
 オーブ復興の為の助力、と言う名目で地球に降りてから、早くも2ヶ月。ホテル代もバカにならないので、モルゲンレーテ社員用の寮をひとつ貸してもらった。他にも何人か来ている同僚も、それぞれ部屋を借りて暮らしている。それに対して、キラはカガリの自宅に身を寄せている。さすがに1国の主の邸は広く、血縁者と生活していても寂しいから、と言う彼女に押し切られる形でそこに落ち着いた。両親が暮らす自宅があるのに、と苦笑混じりに呟いていたけれど、ここに近いから、と言ってキラは照れたように打ち明けてくれた。
 ともかくも、そうしてディアッカが地球に降りてからキラはカガリの家とこの部屋を行ったり来たりしていて、泊まりに来る時には律儀なキラらしく、必ず連絡が入っていたはずで。
 「…もしかして、本当に覚えてない…の?」
 そう言って、チェストの片隅に置かれたカレンダーを指さした。つられるように動かした視線の先には、やけに大きく丸印が付いている。その日付に、しばらく沈黙してから、ああ、と気の抜けた相槌を返した。
 「別に、誕生日なんて、今更…」
 そう言えば、先週の休日にキラがやけに嬉しそうにカレンダーを眺めていたような。
 「そんなこと言わないで。だって、折角の誕生日でしょ?お休みだって言うから、先週ちゃんと今日来るって言っておいた筈ですよ。」
 少し剥くれて、キラはダイニングキッチンのカウンターに置いてあった買い物袋の中身を広げ始めた。
 とっておき、と言って出されたビンと、その為にわざわざ買ってきたらしいグラス。チーズやクラッカーにビスケット。どのくらい買ってきたのか、次から次へと出てくる細かな食料に、ディアッカは思わず笑ってしまった。
 「…キラ、それ、ふたり分なのか?」
 覗き込むように呟くと、キラは当然とばかりに頷く。
 「…今日と、明日と。嫌いじゃないでしょう、あなたも。」
 そう言って押し付ける様に渡されたビスケットの箱を眺めて、それでも全くと言っていいほど主食の類がない事に気付いた。それを指摘すると、キラは申し訳無さそうに冷蔵庫に入ってます、と呟く。
 「…僕が、料理出来ると思ってます…?」
 思い当たる節があるから、ディアッカは曖昧に微笑ってそうか、とだけ言った。

 ここはオススメ、と言ってカガリが教えてくれたレストランで一通り作ってもらった料理は、とてもテイクアウトとは思えないほど見事だった。パック詰めの出来合いでも、盛り付け方と言うのは大事なんだな、とキラは心底感心する。手際良く白い皿を色とりどりの料理で埋めて行くディアッカをみて、内心今度こそちゃんと料理を練習しておこう、と誓ってしまった。
 「…主役なのに…」
 主役の筈の人に食事の用意をしてもらって、少しだけ肩身が狭い。テーブルに運ぶ事しか出来ないキラは、溜息を吐いてその背中を眺めていた。
 「…これで終りっと。」
 愛用のカフェエプロンを外して、栓抜き片手にキッチンから出て来たディアッカに、ごめんね、と呟いたら笑われる。
 「得意不得意、ッつーのがあるんだからさ。気にしない気にしない。」
 くしゃくしゃと髪を掻き混ぜて、機嫌良くそう言った。
 夕方の、何処となく投げ遣りだった雰囲気がなくなっている事に安堵して、キラはそうですかと笑みを浮かべた。
 黄金色の液体の中に、細かな気泡が絶え間なく生まれては消えて行くグラスを軽く合わせて、澄んだ音色と共に乾杯、とどちらからともなく呟く。
 「…お誕生日、おめでとうございます。」
 人が、生きる上でのひとつの区切り。重ねる年月の中で、だれにでも等しく巡る儀式のような、多分とても大切な日。
 おめでとう、と共に、生まれて来てくれて有り難う、と言葉には出さずに。出会えた事に感謝して、生み出してくれた両親に感謝して。今、生きている事に、また1年無事に過ごして来た事に感謝する日なのだと。
 だから、精一杯の気持ちをこめて。
 「…あんま、どうでも良かったんだ、ホントはさ。」
 少しだけ沈黙が流れて、ディアッカはそう言って苦笑した。
 「もっとガキの頃はさ、なんか買ってもらえるとかケーキが食えるとか、そんな単純だったんだけど。」
 素直に喜べないなあ、と言ってグラスを呷る。
 「…そう、かな…?」
 女の子だったら多少は違うのかも知れない、と思う。結局、突き詰めて考えれば、単純に年を取ると言う事で。早く大人になりたいと思う男性に対して、いつまでも若くありたいと考える女性達ならば、やはりあまり嬉しくないのだろうと。
 漠然と感じていた「大人になる」と言うことが、ディアッカには目に見える現実として圧し掛かって来ているのだろうか。自分とは立場も育ちも全く違う。キラが単純に成人して書類上も大人になる事と、ディアッカとではあまりにも隔たりがあり過ぎて、考えると少し寂しくなった。

 唐突にキラが立ち上がったから、少し驚いた。何か気に触る事でも言ったのかと、寄せられた眉をみて考えていると、そのまま自分の隣りに立った。
 「…どうかした…?」
 見上げて尋ねると、不意に視界が鳶色の髪で塞がる。躊躇いがちに、それでも肩に回された手が暖かい。
 「…ずっと、ここにいるから。」
 だから、離れて行かないで、と小さな声で、キラはそう言った。