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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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Flash Memory ~いつか見た夕暮れ~

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 小さくうめいたキラは、ゆっくりと目を開けた。何処か危うげに視線をさ迷わせたキラは、見下ろすディアッカを認めて何事か呟く。けれど、それが耳に届く事はなかった。
 どくり、と大きく響く心音。
 青褪めた頬に、幾筋もの涙の跡。
 凝視するディアッカに、漸く覚醒したのかキラは慌てて顔を擦った。
「…お帰り。」
 そう言って、また決まり切った微笑を浮かべる。何事もなかったかのように。
 どうしてそれが口を吐いて零れてしまったのか分からない。けれど、気が付いたら音になって流れてしまった。
「…アンタ、オレの恋人だったってホント?」
 投げられた言葉の意味を掴みかねたのか、キラはほんの少し不思議そうな顔をして、固まった。見開かれた瞳が、揺れる。
「ど…して、それ…」
 掠れた言葉は、確信をくれた。自分の吐き出した言葉の意味を悟って慌てたようにキラは口を噤んだけれど、遅い。
 陽の落ちた雨模様の空に、雷鳴が轟いた。

 何処からそれを、なんて、考えなくても解る。この場合の答えは、失敗だったと後悔しても遅い。
 痛い程の沈黙に、叩きつけるような雨音だけが響く。
 不意に、細められた瞳が。
「…ディアッカ…?」
 ぱたりと、髪から零れた雫がキラの手のひらに落ちて、近過ぎる距離に身体が震えた。
 どうしてこの時、恐いと思ったのだろう。
 へぇ、と言う呟きと共に、歪んだ唇。知らず後ずさった背中は、すぐにソファの背にぶつかって。
「…マジなんだ、あの話。」
 冷たい笑みと共に零れた言葉に、キラは緩く首を振った。過去の、話なのだと。そのままソファを立とうとすると、強く手首を掴まれて。何度も重ねた筈の大きな手のひらは、まるで知らない人のもの。冷たくて、痛いほど力強くて。
「…放して。」
 漸く絞り出した声は、細く震えていた。
 頭、痛いンだよ、と唐突にディアッカは言う。
「…どうすればいいのかと思ってさ。」
 唇は確かに笑みの形をとったまま。
 アンタの所為で、と紡がれた言葉は、遠くて。
 ソファに縫い止められているのは、片方の手のひらだけだと言うのに、動けなかった。
「…そんなの、知らない…ッ」
 それ以上、踏み込まないでと願っても、叶う事はなく。
 だから、良いよな、と言いながら無造作に伸ばされた手が、自分の着ている薄いシャツを引き裂いていくのを、ただ呆然と見ている事しか出来ない。
「…や…だ…ッ」
 噛み付くように首筋に落とされた唇に、掠れた悲鳴を上げた。どんなに逃れようと身を捩っても、歴然とした体格差に敵うはずもなく。
 ただ、恐くて。見開かれた瞳から、涙が零れる。
 こんなのは、嫌だ。
「いや…あ…ッ」
 叩きつける雨の音と、青白く光った雷だけが、強く脳裏に焼き付いた。




続く