Flash Memory ~あの日見た朝焼け~
不意に、目を覚ました。唐突な覚醒に、一瞬思考がついて行かない。軽く頭を振って、身体を預けていた長椅子から身体を起こすと、少し冷たい風が通り抜けて行く。開け放たれたままの窓から、森の向こうに朝焼けが広がっているのが見える。赤から菫色のグラデーションに、そう遠くない記憶の中で綺麗だね、と言って笑った顔を思い出して。
あの時の笑顔を、もう一度見たいと願って。そうして今、ここにいる。
中途半端に睡眠を貪った身体が、酷くだるかった。軽く溜息を吐いて、鳥が囀り始めた屋外へと足を伸ばした。
キラが眠る部屋と、バルコニーが繋がっている。次第に明るさを増して行く空は綺麗に晴れ渡っていて、今日もいい天気だと告げていた。それをなんとなく見上げてから、その部屋に続くガラス戸を開ける。微かに軋んだ音を立てて扉が開くと、懸かっていた薄いレースのカーテンが風に揺れた。
その向こうの光景。
朝焼けの微かな明かりの中で、眠っていた筈のキラが半分身体を起こしていた。
「…キラ…?」
ぼんやりと虚空を見詰めていた視線が、ゆっくりと自分を捉える。生い茂った木々より高く上った朝日が、鳶色の髪を明るい茶色に変えて。濃紫の瞳が、光の中でふわりと笑みを湛えて。
「…呼んで、くれた?」
久し振りに聴いた声は、幾分掠れていたけれど。
その声に、固まっていた両足がゆっくりと動き始める。近付くにつれて、真っ白い朝日の中でぼやけていた輪郭がはっきりと形を持って。
「…この、バカ…ッ」
言いたい事は、たくさんあった筈なのに。震えそうになる声を必死で絞り出したら、それしか出てこなかった。
「…ごめん…」
微笑と共に小さく聞こえた声に、細い身体を抱き締める。
暖かくて、柔らかな身体。規則正しく聞こえる、鼓動。求めてやまなかったもの。
「…ずっと、呼んでくれたんだよね。」
有り難う、とキラは小さく言葉を紡ぐ。それに、緩く首を振って。
「呼ばれてたのは、オレの方、だろ。」
応えられなくてごめん、と言って。
こつり、と額を合わせて、どちらからともなく小さく笑う。
「…お互い様、かな?」
もう二度と離さない、絶対になくさない、大切な。
「…おはよう、キラ。」
そう言って、そうする事が当然のように口付けた。
そこから、新しい世界が始まる。
今度こそ、間違えずに歩む、世界が。
緩やかに明けてゆく世界は、こんなにも優しい。
あなたが、いてくれるだけで。
それだけで、世界は変わるのだから。
END
作品名:Flash Memory ~あの日見た朝焼け~ 作家名:綾沙かへる