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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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Flash Memory ~あの日見た朝焼け~

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 開け放たれたままだったドアを小さくノックする音が聞こえて室内を振り返ると、馴染みの少女が立っていた。
「…まだ、目を醒まさないんだな。」
 挨拶もなしにそう言って、部屋の中にたった一つ置かれたベッドに歩み寄る。
「まぁ…気長に待つさ。」
 軽く答えると、彼女はそうだな、と静かに頷く。穏やかに片割れを見詰める瞳は、とてもよく似ていた。
 海が見たい、と言ったから。
 その望みを叶える為に、ここに来た。
 驚く程ゆっくりと、穏やかに流れる優しい時間。それまでの慌ただしくて、何処か殺伐とした時間とは対称的に、ただ日が登っては落ちてゆく光景を何度見たのだろう。
 さわり、と通り抜けた風が髪を揺らすと、カガリはまた来るよ、と言って微笑んだ。
「…お姫さん、忙しいだろ。こんな事言える義理じゃねぇけど、ここ来るのに相当無理してるって聞いたぜ。」
 任せろ、とも言えねぇけどさ、と続けると、カガリは緩く首を振った。
「良いんだ。私が出来る事って、このくらいだろ。」
 本当は、充分過ぎる程の手を尽くしてもらっている。この場所を提供してくれたのも、余計な事に煩わされることなくいられるのも、全て彼女のお陰だ。尤も、ここに眠り続ける青年が、彼女にとってただ一人の肉親だからだと言う立派な理由も存在するのだが。
 カガリが去ってしまえば、また静かな空間に戻る。たったひとつ、ベッドサイドに用意された椅子に腰を下ろして、少し伸びた前髪をそっと払う。閉じられた瞼が開く事は、あの日から一度もない。それでも、触れた指先は暖かい。それだけが、唯一の希望。


 あの日、キラの受けた傷は致命傷に近かった。逸れたとは言え、銃弾は肺を貫通していて、それ以外にも大量に失血していて。ロクな応急処置もしない重傷のまま動きまわって、病院に運び込まれた時辛うじて息がある事自体奇跡的だと医師は言った。
 懸命な医師達の努力で、なんとか命を繋ぎ止めた。沢山の機械に繋がれたまま、それでもキラは生きていた。生きていてくれた。
 何日も手を握ったまま、祈るような日々を過ごして。それが通じたのか、次第に容態は安定していった。けれど目に見える傷は癒えていくのに、キラが目を醒ます事はなかった。
 目を醒まそうという気が本人にないのだろうと、昏睡状態が一ヶ月ほど続いたある日、医師は言った。身体の状態は正常に戻りつつあるのに、一度も意識を取り戻す事がなかった。結局、本人が目を醒ます事を拒否しているのだと。
 医師にそう告げられた直後、キラが最後に紡いだ言葉を思い出した。それが何処の事を差すのか、ディアッカにはすぐに分かった。だから、そこに行こうと思った。
 カガリと連絡を取り、小さな無人島に場所を用意してもらって、定期的に様子を見てくれる医師の手配もつけた。オーブは、幾つもの島から成る国だった。任せろ、と彼女は言い、言葉通りに理想的な場所を見付け出した。
 暫く離れる、と言ったら、友人は諦めたようにそうか、とだけ返事をして。
「…ここは、空けておく。気が済んだら、覚悟しておけよ。」
 そう言いながら、自分の隣りを示して、笑みを浮かべた。遠まわしだけれど、あまりにも彼らしい言葉に苦笑を零すと、イザークは少し眉を寄せてとっとと行って来い、と言ったきり仕事に戻って行く。
「…悪いな、イザーク。」
 有り難う、と続けると、友人は片手で応えた。
 全ての準備を整えてこの場所に来たのは、この国が夏の盛りに当たる頃。
 ここに移って来て最初に受けた印象は、楽園のイメージそのもの。それは今でも変わらない。いつでも咲き乱れる花も、高く青い空も、絶え間なく聞こえる潮騒も。半年が過ぎて、眠り続けるキラにも変化がなく、ただ少し気候が穏やかになっただけ。
 週に一度訪れる老医師は、少しずつだけれど変化しているよ、と穏やかに笑みを浮かべて言った。
「ずっとこのまま、なんて事はない。ここは静かで、優しい。傷付いた者が魂を癒す場所だ。」
 お前さんも含めてな、と言った老医師と共に、規則正しく落ちる点滴の終りを待つ。
「戦争は終ったと言うのに…生い先短い老いぼれがこうしてぴんぴんしとると、やりきれんなぁ…」
 ぽつりと零れた呟きに、ただディアッカは俯く事しか出来ない。
 戦争に加担していたのは、事実だ。なんの申し開きもない。老人にして見れば、あの時この国を守って戦った自分は恩人なのだと言う。それでも。
「じきに、なんもかんも良くなる。それまでは、お前さんも自分を労ってやると良いさ。」
 ただ、責めるでもなくそう言ってくれる老人に、深く感謝した。






 ゆらゆらと、揺れている。
 ここが何処で、自分がどうなっているのか全く理解出来ない。
 それでも、ここは気持ちが良い。
 優しくて、温かい。遠い昔、母親の胎内で眠っていた時のような、感覚。
 写真でしか見たことのない生みの母。その中にいた事などないのに、そこを知っている。それは、本能の記憶。
 もう良いでしょう、と誰かが優しく囁く。
「…だぁれ?」
 幼子のような言葉に、くすくすと小さな笑い声が返って来る。
 充分、癒された筈よ、キラ。
 諭すように響き渡る声に、緩やかに目を開けた。声はするのに、姿が見えない。開いた視界は曖昧な光で埋め尽くされていて、不思議な形を作っては消えて行く。
 あまり待たせてはダメよ。
 また、声がする。
 もう少しで、届きそうな。
 声のする方へと、ゆるゆると首を巡らせる。辛うじて人のような形をしたものが、そこにいた。
 行きなさい、とその人は言う。
「…何処へ?」
 聞き返すと、その人は細い指先をつい、と上げて。
 あなたは、まだ生きているでしょう。待っている人が、いるんでしょう?
 指し示された先に、キラは首を振った。
「…いや、だ…あっちは、怖い、から…」
 困った子ね、とその人は微笑う。
 呼んでいるわよ、あなたの事を。
 聞こえるでしょう、と言った声に、誰かの声が重なる。その声を、知っている。
 とても大切な人の。
 大切な想いと共に。
「…呼んで、る…?」
 そう、あなたを待っている世界があるの。
 そう言った人は、次第に輪郭を崩し始めた。
 あなたは、あなたの世界に帰らなくては、ね。
 確かに、柔らかな笑みを浮かべたその口許に。待って、と叫んだけれど届かない。
「…まって…かあさ…」
 不意に、世界が一変した。優しく、柔らかだった世界は、真っ暗な水の底に変わる。喉の奥に入り込んだ水に、たちまち呼吸が出来なくなった。
 苦しい、と思う。同時に、曖昧だった感覚が戻って来る。痛みや、苦しみや、悲しみ、そんな感情と共に。
 たすけて、と叫んだ。
 たった一人に向って放たれた言葉。
 ただひとつ、残ったもの。
 求め続けて、伸ばした指先で掴んだ筈の、大切な。
 それに向って、もう一度手を伸ばした。