ずっと好き?きっと好き、もっと好き!
きっかけは、多分些細な事だった。
ずっと好き?きっと好き、もっと好き!
呆然と言葉もなく睨み付ける濃紫の瞳は、明らかに傷ついた色を浮かべていた。見開かれた瞳から、ひと雫の涙が零れ落ちる。
マズイ、と思った時には遅く、勢いよく振り上げられた手のひらがディアッカの頬を張り、小気味のいい音を残してキラは振り返りもせずに部屋を出て行く。
その場に縫い止められたように、その後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「…あー…しくじったか、な…」
緩く溜息をついて、ディアッカは呟いた。
ただ、あいつの事を話すその顔が、自分には見せてくれた事がないほど、幸せそうな笑顔で。それが悔しかっただけなのだ。
漸く取れた休日に、折角二人きりで過ごす時間に、他の男の話題で盛り上がれ、と言う方が無理だろう。確かに彼は元同僚で、現在は友人だけれど、たまに会えた時くらい恋人を優先してくれてもイイだろう、と思うのは万人共通の認識だろうと思う。
我ながら子供じみた思考回路だと思うと、苦笑が漏れる。嫉妬深いと言う自覚もある。ただ、それを表に出していなかっただけで、母親譲りの筋金入りだ。
「…また三日は口聞いてもらえないな。」
視線の先に止まったカレンダーを眺めて、また溜息をついた。折角の連休も、スタートから憂鬱だった。
行き先は解っているけれど、ケンカする原因を作ったヤツの所に自分から行くのは癪だ。
勘弁してくれよ、と呟いてソファに転がって天を仰ぐ。
平手を貰った頬が、じわりと熱を持ち始めた。
歩道を歩きながら、キラは心のなかで思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てていた。実に一ヶ月ぶりに会えたと言うのに、冗談にしては性質が悪すぎる。
「…ディアッカの、バカ…ッ」
気を抜くと耐えず溢れ出る涙を乱暴に拭って、キラは目的の建物の前で立ち止まった。
閉ざされたゲートのカードリーダーに、乱暴にカードをスキャンさせると、あまりの剣幕に驚いたように固まる守衛にご苦労さま、とぶっきらぼうに呟いて開いた扉をくぐる。
あのまま自宅に戻る気にもなれず、気がついたらいつものように親友の所に来てしまった。良く考えたら、そもそもの原因は親友の話題だった事を思い出したけれど、こんな時に他に相談出来る相手も思いつかない。
受付けの女性に在室を確かめると、エレベーターのボタンを叩きつけるように押した。
「…どうしたの、あれ?」
囁くように交わされる会話。普段の柔和な笑みを浮かべる姿しか見た事のなかったスタッフ達は、キラのあまりの変貌ぶりに呆然とその背中を見送るしかなかった。
あの戦争が終って早くも二年と少しが経過している。それぞれの道を選び取って、自分のための選択した人生を歩んでいる。
未だ問題を抱える世界の中で、大きさの違いこそあっても、その道を進む事は困難だった。
戦争に巻き込まれる前通っていたカレッジを正式に退学して、キラは警察学校に入学した。示されたいくつかの選択肢の中から選び取った道。
戦後、しばらく医療施設に世話になっていたため、政治絡みの表舞台に出る事はなかった。地球軍の中での扱いは、相変わらずMIAのまま処理されていたため、キラは早々に表舞台から降りてしまった、と言った方が正しいかも知れない。それはラクスやマリューの配慮で、書類上は行方不明のまま全く別の人生を歩き始めた。
軍人に戻る気にはなれず、かと言って自分の奪った命に対する償いを放棄することも出来ず、何もせずに過ぎて行く日々の中で、親友が示してくれた道だった。
友人達や、艦のクルー達もその多くが退役し、全く関係のない道を歩いている中で、キラだけが少し特殊な道を歩いている。
失うものばかりだった戦争の中で、手に入れる事の出来た数少ないもののひとつ。
軍人に戻る事以外で、それを護って行く為に選んだ道。
誰よりも大切な人。
両親の元を離れて、傍にいる事を選んだ筈なのに。
「…なんでこうなっちゃうんだろう…」
見慣れたドアの前で、キラは溜息を吐く。コールボタンを押すと、苦笑混じりの親友の声が聞こえた。
大抵の場合、キラがこうして自分の所に来る時の理由はひとつだった。しかも、それは決まって勤務時間中。
執務室のデスクで、受付けからの連絡を受けた時点で、アスランは積んであった書類を引き出しに半ば押し込むようにして片付け始める。
「…参ったな、ホント。」
呟きながらも、最近は会う機会の減ってしまった幼馴染の顔を見るのは楽しいし、嬉しい。例え、あまり面白くない話題の愚痴に付き合わされる事が分かり切っていても。
隣の部屋に控える副官にお茶の仕度を頼んでいると、タイミングよく呼び出し音が鳴った。
「…開いてるよ、キラ。」
応えると同時に、幼馴染は俯いたままドアの隙間から顔を出した。
「…ごめんね、アスラン。」
消えそうなほど細い声でそう言った幼馴染に、苦笑を返す。これは予想通り、またあまりアスランに取っては面白くない話題のようだ。
「…こっち、座って。お茶にしようか、時間もちょうど良いし。」
そう言いながら視線を投げた時計を見て、不意に疑問が浮かぶ。
「…キラ、学校は?」
ソファに腰を落ち着けたキラは、その問い掛けにはっきりと判るほど肩を大きく震わせる。俯いたままのその表情は伺い知る事は出来ないが、今日が平日だと言う事を考えると余り歓迎出来る行動ではなく。
「…今日、から…休暇だって言うから…」
自主休校、と呟いたキラに、呆れたような溜息で返事を返す。
「…まあ、そんなことだろうと思ったけどな。それと、いい加減顔上げて。」
ティーセットを置きに来た副官がドアの向こうに消えていく事を確認して、アスランはそう促した。
「…う…でも、多分、酷い顔…だし…」
そう言った傍から、乱暴に目許を擦る。
「今更だよ、キラ。お前の泣き顔なんか、これッくらいの時から知ってるからな。」
ひらひらと振った手のひらで指し示して、アスランは笑う。
放っといてよ、と呟いたキラは漸く顔を上げた。ここに来る前にも泣いていたのだろう、目許が真っ赤に腫れている。
「…で、今回はまたなんでケンカして来たんだ?」
成り行きで折角取れた休憩時間。
戦争が終ってからすぐに、請われて父の後を継いだアスランにとって、息をつく暇もないほど学ぶ事だらけで、時間に追われて目まぐるしい生活を送っているのだから、少しくらい長く息抜きをしても誰にも文句は言わせない。
すっかり職務放棄をする気で満々の上司を目の当たりにして、副官がこっそり溜息をついている事など欠片も気にせず、アスランは柔らかな笑みを浮かべて幼馴染に向き直る。
「…だって…」
視線をさ迷わせてから、キラは呟くように口を開いた。
「…久し振りに顔を出したかと思えば、お前の頭の中は一体どうなっているんだ?」
突然顔を出した友人は、我が物顔で来客用のソファに陣取ってコーヒーを啜っている。しかもそれすら、隣りの部屋から勝手に淹れて来た物だ。ご丁寧に二人分を持ってきて、ちょっと休憩しねぇ?と言って現在に至る。
ずっと好き?きっと好き、もっと好き!
呆然と言葉もなく睨み付ける濃紫の瞳は、明らかに傷ついた色を浮かべていた。見開かれた瞳から、ひと雫の涙が零れ落ちる。
マズイ、と思った時には遅く、勢いよく振り上げられた手のひらがディアッカの頬を張り、小気味のいい音を残してキラは振り返りもせずに部屋を出て行く。
その場に縫い止められたように、その後ろ姿を見送る事しか出来なかった。
「…あー…しくじったか、な…」
緩く溜息をついて、ディアッカは呟いた。
ただ、あいつの事を話すその顔が、自分には見せてくれた事がないほど、幸せそうな笑顔で。それが悔しかっただけなのだ。
漸く取れた休日に、折角二人きりで過ごす時間に、他の男の話題で盛り上がれ、と言う方が無理だろう。確かに彼は元同僚で、現在は友人だけれど、たまに会えた時くらい恋人を優先してくれてもイイだろう、と思うのは万人共通の認識だろうと思う。
我ながら子供じみた思考回路だと思うと、苦笑が漏れる。嫉妬深いと言う自覚もある。ただ、それを表に出していなかっただけで、母親譲りの筋金入りだ。
「…また三日は口聞いてもらえないな。」
視線の先に止まったカレンダーを眺めて、また溜息をついた。折角の連休も、スタートから憂鬱だった。
行き先は解っているけれど、ケンカする原因を作ったヤツの所に自分から行くのは癪だ。
勘弁してくれよ、と呟いてソファに転がって天を仰ぐ。
平手を貰った頬が、じわりと熱を持ち始めた。
歩道を歩きながら、キラは心のなかで思いつく限りの罵詈雑言を並べ立てていた。実に一ヶ月ぶりに会えたと言うのに、冗談にしては性質が悪すぎる。
「…ディアッカの、バカ…ッ」
気を抜くと耐えず溢れ出る涙を乱暴に拭って、キラは目的の建物の前で立ち止まった。
閉ざされたゲートのカードリーダーに、乱暴にカードをスキャンさせると、あまりの剣幕に驚いたように固まる守衛にご苦労さま、とぶっきらぼうに呟いて開いた扉をくぐる。
あのまま自宅に戻る気にもなれず、気がついたらいつものように親友の所に来てしまった。良く考えたら、そもそもの原因は親友の話題だった事を思い出したけれど、こんな時に他に相談出来る相手も思いつかない。
受付けの女性に在室を確かめると、エレベーターのボタンを叩きつけるように押した。
「…どうしたの、あれ?」
囁くように交わされる会話。普段の柔和な笑みを浮かべる姿しか見た事のなかったスタッフ達は、キラのあまりの変貌ぶりに呆然とその背中を見送るしかなかった。
あの戦争が終って早くも二年と少しが経過している。それぞれの道を選び取って、自分のための選択した人生を歩んでいる。
未だ問題を抱える世界の中で、大きさの違いこそあっても、その道を進む事は困難だった。
戦争に巻き込まれる前通っていたカレッジを正式に退学して、キラは警察学校に入学した。示されたいくつかの選択肢の中から選び取った道。
戦後、しばらく医療施設に世話になっていたため、政治絡みの表舞台に出る事はなかった。地球軍の中での扱いは、相変わらずMIAのまま処理されていたため、キラは早々に表舞台から降りてしまった、と言った方が正しいかも知れない。それはラクスやマリューの配慮で、書類上は行方不明のまま全く別の人生を歩き始めた。
軍人に戻る気にはなれず、かと言って自分の奪った命に対する償いを放棄することも出来ず、何もせずに過ぎて行く日々の中で、親友が示してくれた道だった。
友人達や、艦のクルー達もその多くが退役し、全く関係のない道を歩いている中で、キラだけが少し特殊な道を歩いている。
失うものばかりだった戦争の中で、手に入れる事の出来た数少ないもののひとつ。
軍人に戻る事以外で、それを護って行く為に選んだ道。
誰よりも大切な人。
両親の元を離れて、傍にいる事を選んだ筈なのに。
「…なんでこうなっちゃうんだろう…」
見慣れたドアの前で、キラは溜息を吐く。コールボタンを押すと、苦笑混じりの親友の声が聞こえた。
大抵の場合、キラがこうして自分の所に来る時の理由はひとつだった。しかも、それは決まって勤務時間中。
執務室のデスクで、受付けからの連絡を受けた時点で、アスランは積んであった書類を引き出しに半ば押し込むようにして片付け始める。
「…参ったな、ホント。」
呟きながらも、最近は会う機会の減ってしまった幼馴染の顔を見るのは楽しいし、嬉しい。例え、あまり面白くない話題の愚痴に付き合わされる事が分かり切っていても。
隣の部屋に控える副官にお茶の仕度を頼んでいると、タイミングよく呼び出し音が鳴った。
「…開いてるよ、キラ。」
応えると同時に、幼馴染は俯いたままドアの隙間から顔を出した。
「…ごめんね、アスラン。」
消えそうなほど細い声でそう言った幼馴染に、苦笑を返す。これは予想通り、またあまりアスランに取っては面白くない話題のようだ。
「…こっち、座って。お茶にしようか、時間もちょうど良いし。」
そう言いながら視線を投げた時計を見て、不意に疑問が浮かぶ。
「…キラ、学校は?」
ソファに腰を落ち着けたキラは、その問い掛けにはっきりと判るほど肩を大きく震わせる。俯いたままのその表情は伺い知る事は出来ないが、今日が平日だと言う事を考えると余り歓迎出来る行動ではなく。
「…今日、から…休暇だって言うから…」
自主休校、と呟いたキラに、呆れたような溜息で返事を返す。
「…まあ、そんなことだろうと思ったけどな。それと、いい加減顔上げて。」
ティーセットを置きに来た副官がドアの向こうに消えていく事を確認して、アスランはそう促した。
「…う…でも、多分、酷い顔…だし…」
そう言った傍から、乱暴に目許を擦る。
「今更だよ、キラ。お前の泣き顔なんか、これッくらいの時から知ってるからな。」
ひらひらと振った手のひらで指し示して、アスランは笑う。
放っといてよ、と呟いたキラは漸く顔を上げた。ここに来る前にも泣いていたのだろう、目許が真っ赤に腫れている。
「…で、今回はまたなんでケンカして来たんだ?」
成り行きで折角取れた休憩時間。
戦争が終ってからすぐに、請われて父の後を継いだアスランにとって、息をつく暇もないほど学ぶ事だらけで、時間に追われて目まぐるしい生活を送っているのだから、少しくらい長く息抜きをしても誰にも文句は言わせない。
すっかり職務放棄をする気で満々の上司を目の当たりにして、副官がこっそり溜息をついている事など欠片も気にせず、アスランは柔らかな笑みを浮かべて幼馴染に向き直る。
「…だって…」
視線をさ迷わせてから、キラは呟くように口を開いた。
「…久し振りに顔を出したかと思えば、お前の頭の中は一体どうなっているんだ?」
突然顔を出した友人は、我が物顔で来客用のソファに陣取ってコーヒーを啜っている。しかもそれすら、隣りの部屋から勝手に淹れて来た物だ。ご丁寧に二人分を持ってきて、ちょっと休憩しねぇ?と言って現在に至る。
作品名:ずっと好き?きっと好き、もっと好き! 作家名:綾沙かへる