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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君の隣で、夜が明ける。02

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 相変わらず床は冷たくて、冷えた足の指先は痛い位だった。
 けれど、瞼は次第に重たくなっていって、今のキラにはそれに逆らう術がない。
 ぼやけた視界の片隅に、形のいい指先が扇を弄ぶ映像を引きずって、ゆっくりと意識が沈んでいった。


 気が緩んだのか、キラは至極楽しそうに軽口を叩いたり、相変わらず不思議なことを言ったりしていた。実年齢よりも、ずっと幼く見えることがある。今のように。
 呆然とした顔で泣いていたのかと思えば、今は楽しそうに笑みを浮かべていて。けれど、その瞳は自分など見てはいない。自分の中や、その向こうにあるものをいつでも見据えている。
 こんな顔をさせてはいけない、と思ったことも事実。泣いている事に気付かないほど、感情が上手く認識出来ていないのだから。自分なんかより、よほど近い所に居る筈の友人や大人達よりも、なぜ自分が先にそれに気付くのだろう。何もかもを諦めたような、虚ろな瞳に。
 「…おい?」
 思考に沈んでいるあいだ、隣りに転がっていたはずのキラは随分静かだった。
 「…寝てるし…」
 頬にかかった髪をそうっと避けて覗き込むと、キラは静かに寝息をたてていた。こんなところで、と呟くだけで、思わず身震いするほど冷え込んでいると言うのに。それとも、頬が少し赤いから熱でも出しているんだろうか。
 触れてはいけないような気がする、と感じた事は今が初めてではなく。それでも少しだけ躊躇ってからその頬に触れた。柔らかな感触。少し早い鼓動。そういった生き物の情報に、特に異常は感じられず、ただ気が抜けただけだろうと思って溜息を付いた。四六時中気を張りっぱなしでは仕方がない。
 「…もしかしなくても、俺が運ぶ…んだよな…」
 起こそうという気にはならない。
 自分の隣りで簡単に意識を手放してしまうのは、キラにとって自分が安心でき、信用出来ると認識されているから。少なくとも、自分が彼の立場ならそうだろうと思う。そうでなければ、最近まで命を交換条件に戦争をしていた相手とふたりきりの密室で、無防備な姿を曝したりはしないだろうとも思った。そうでなくとも、キラには休息が足りてはいない。
 師匠に叩き込まれた、義には義を持って報いると言う言葉を思い出して、痩せた身体をそっと抱き上げる。
 「…軽ィ…なに食って生きてるんだよお前。」
 ひとつ年下の少年とは思えないほどの薄い肩や、何処にモビルスーツを動かすほどの力があるのか疑いたくなるほどの細い腕。聞こえてはいないだろうなと思いながらも呟かずにはいられない。
 微かに寄せられた眉に苦笑する。
 悲しみと憎しみしか生み出さない今の世界で、せめて少しでも安らぐよう。
 自分がそうであったように、お守りのように持っていた扇をキラの腕に落とした。
 「…大丈夫だっての。」
 そう呟いて、薄闇の冷たいけれどどこか安心出来た格納庫を後にする。