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綾沙かへる
綾沙かへる
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君の隣で、夜が明ける。03

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ここで、一度死んで
違うなにかが生まれた。
だから迷ったらここに来る。
なにも考えることなく生きていたそれまでの自分が迎えてくれる。

皮肉を込めて、そいつは笑みを浮かべて呟く。
「お帰り、もうギブアップ?」

思い知るのは、ここが原点。




 随分と離れていたような気がする。
 実際はほんの1ヶ月ほどだけれど、出会ってから今までこんなに離れていたと感じる事もないと思う。いつでも身近にいたはずの銀色の髪を持つ友人は、相変わらずだった。真っ直ぐな瞳も、今までと同じ。それが苦手で、それとなく逸らしていた視線を正面から受け止める事が出来るようになったのも、ここで過ごした時間が無駄ではなかった事を物語る。
 何が正しくて、何を見極めなければならないのか。
 正しいと感じる事は、人それぞれだから。今まで、考えた事もなかった単純な話。それに気付いたからこそ、ここにいる。
 それでも、ほんの些細な事で揺らぐほど曖昧な信念を再確認して、自分を奮い立たせるためにここに足を運ぶ。この世界を構成する、微かなパーツに過ぎない自分が、足掻く事でなにかが変わるかも知れない。
 そう信じて。

 信じる事を教えられたのは、ひとつ年下の少年。
 儚いからこそ、その強さを知ったときの衝撃は強かった。
 儚いと言うイメージは、ディアッカの勝手な印象に過ぎない。けれど、いつでも何処か遠く、この世界の行く末を見つめる瞳に抱くイメージは穏やかで、時折見せる不思議な表情に興味を引かれる事も自分だけではないだろうと推測する。その容姿だけではなく、纏う雰囲気が人目を惹くのだ。
 変わったと現ストライクのパイロットであるフラガは良く口にするけれど、今のキラしか知らないディアッカには良く解らない。ただ、アスランから聞く話と、自分がコミュニケーションを取って感じた本人との間に、少しだけそういう印象を受ける。人の本質は、そう簡単には変わらない。変わったと言う印象を受けるということは、余程の事があったからだと言う事だ。自分が、アスランにそう言われたように。
 軽く溜息を吐いた。
 触れた額や手のひらから、金属の冷たさに体温が奪われていく。薄暗い通路の両脇に並ぶのは、誰もいない鉄格子の嵌められた部屋。その殆どが使われた事もないのか、乱雑に荷物が積みあがっていて倉庫のようだった。今ディアッカが見つめているスペースは、かつて自分が過ごしたこともある、多分唯一本来の使われ方をした部屋。
 ここで今までの事や、戦争の事、自分の成すべき事を考えた。単純に、他にする事がなかったから。
 捕虜としてそれなりの扱いをされると思っていたのに、いつまで経っても同じ部屋に押し込まれていて、いつの間にかこの艦は軍を抜けていて。
 そうして暇を持て余している間に、今までごく近くでナチュラルに接する機会が殆どなかった事に気付いた。コーディネイターが住人の大多数を占めるプラント生まれのプラント育ちなのだから、当然と言えば当然で。それなのに、よくナチュラルは傲慢だなどと言っていたものだと、酷い自己嫌悪を覚えた。理解しようともしないで、偏った情報だけを聞いて、理解したつもりになって。
 「…俺の方が傲慢だろ…」
 今更ながら、父親がどうして穏健派と呼ばれる議員たちに賛同していたのかを理解する。
 言葉を通じて相互理解を深める努力をせず、譲り合う事もせず、共に歩いていけるわけがない。人の心は弱く、脆く、負の感情に引きずられる事が多すぎた。憎しみや、復讐と言った感情は理解し易く、けして正しい事ではないはずだと言うのに、誰もがそれに納得して賛同してしまうのだから。そうしてそれは互いに途切れることなく続いていく。
 誰かが、何処かで断ち切らなければいけない。この艦に乗る人達は、それを成そうとしている。
 仲間を失った憎しみではなく、何かを護るために。もしかしたら、全てを護るために。
 「…なあ、オヤジ。」
 父親のためではなく、多分、自分のために。
 知らない誰かのために。
 それを成そうと、この世界の先を見つめる少年に、少しでも力を貸そうと思う。


 気付くと、その姿を無意識に探している。
 なにかに縋るのは止めようと決めたはずだった。
 ストライクに乗っていた頃は、誰かに縋っていないと見失ってしまいそうで怖かった。そんなあやふやな自分を支えていてくれたのは、気さくな整備士達と同じパイロットのフラガだけ。優しい嘘や、冷たく力強い言葉で、確かに彼らはキラと言う小さな人間を支えていてくれた。
 今、唯一自分が縋ってもいいものは、目の前にあるこの機体だけのはず。
 なぜ彼の事が気になるのかは良く解らない。偶然なのか運命だったのか、彼がこの艦に乗り、共に戦う事は心強いし嬉しいのだと思う。例え、それまでの自分の生活を粉々に壊してしまった人だとしても、全てのコーディネイターがナチュラルを憎み、その存在を否定しているわけではないと判っただけでも。
 ただそれだけで心が温かくなる。
 もっと知りたいと思うのは、純粋に興味があるからだろうか。それとも、いつもキラに対して少し困ったような笑みを浮かべる彼が、親友と少しだけ似ているからだろうか。どちらにしろ、心地良い安堵感を得られることは確かだった。
 「なにきょろきょろしてんだよ。」
 いつから見られていたのか苦笑混じりに聞こえた声に振り向くと、ストライクのコックピットから顔を出したフラガと視線がぶつかる。誰か探してるのか、と続いた声に曖昧な笑みを浮かべる。
 「…いえ、特に急いでるわけじゃないですから。」
 そう言うと、暇ならちょっとと手招きされて素直に床を蹴った。
 良く考えて見れば、大急ぎで仕上げた所為で、宇宙での運用を考慮に入れていなかった事を思い出した。元々宇宙だとか地上だとかの区別が明確にある機体ではなかったけれど、とにかくナチュラルでも使えるように、と調整したシステムははっきり言って地上運用以外のことを考えていなかったと言ってもいい。
 慌ただしく宇宙に出てしまった事と、他の雑用に追われてゆっくりと調整する時間がなかった事も、フラガが予想以上にこの機体にかかりっきりなのも頷ける。
 「…なんですか?」
 半ば以上想像はつくけれど一応訊ねてみると、もうお手上げ、と言ってフラガは肩を竦めた。
 「お前、ほんッとーに優秀なんだな。俺は元々苦手だからさ、こういうの。」
 そう言って大袈裟に溜息をつく人にキラは苦笑した。
 「…その理屈で行くと、システムエンジニアはみんな優秀になりますね。」
 忘れてたのも事実ですけどと呟くと、フラガに変わってパイロットシートに座る。久し振り、と言う感覚を覚えた自分に少し呆れた。それでも中途半端に呼び出されたままだった画面を確認しながらキーを叩き始めると、横からそれを見ていたフラガは思い出したように呟いた。
 「…あのガキなら、多分居るとこ判るぞ。」
 この人がそう呼ぶ人間は、今の所ひとりしか居ない。多分、年寄り扱いされている腹いせなのだろうが、呆れるほどそういう所が子供じみている。
 その意図を正確に読み取ってしまって、一瞬手が止まった。
 「…なんでそうなるんですか…?」