君の隣で、夜が明ける。04
本当のぼくを見て
きっと自分でも知らない内にこころが叫んでいる
誰もが認識する『フリーダムのパイロット』としての自分ではなく
『キラ・ヤマト』と言う弱くてちっぽけな自分を
それは暗闇に向かって放つ
魂の叫び
ある日不意にそれに気付く。
それは誰かの言葉の端だったり、他愛のない仕草だったりする。
いつでも目に映る世界が、何処か遠くの、フィルターを通して見ているような気がしている。何も知らなかった頃、モニターの中だけで眺めていた世界とそれは同じように感じられた。
そうして不意に気付く。
誰も自分などは見ていないのだと。
「…ディアッカ…さん?」
控え目に声をかけると、その人はゆっくりと目を開けた。
預けていた鉄格子から身体を離して、少しだけ疲れたような声でなに、とだけ呟く。
向けられた視線が、酷く冷たい事に気付いてキラは少しだけ怯む。
特に用事はなかった。それが、一層この人の邪魔をしたのかも知れないと思えて言葉がそれ以上続かない。
「…いえ、ごめんなさい、なんでもないんです。」
不思議なところにいるな、と思ったから。
そう言って、逃げるように背を向ける。
何を期待していたのだろう、と思う。ただ、どうしてか解らないけれど、この人の姿が見えると酷く安心するから。自分の思う通りの反応が返って来るはずがない。相手は意思を持った人間なのだから。他の誰かがいるところではごく普通に接してくれていても、きっと誰の目もなかったらこういう反応。目的が同じだから力を貸してくれているだけで、きっと今もキラの事を許してくれてはいないのだ。そして多分、これから先も、ずっと。
当然か、と勝手に納得して。
「…ごめん、なさい…」
ゆっくりと通路を歩きながら零れた言葉。
誰かに向けられた言葉。誰か、と言うよりは多分、たったひとりに。
零れた涙を乱暴に拭って、変なの、と呟く。
「…なんで、こんなに…」
こころが、痛い。
何がそんなに気になるのかよく解らなかった。けれど、気付くと視界に入る所にキラは居る。そうして、じっと自分を見つめている。自意識過剰かも、と呟いてみても、実際そちらに視線を動かすとしっかりと目が合うのだから間違っているとも言えない。
挫けそうになる自分の意思を奮い立たせるために、何時の間にかここでこうやって目を閉じている事が多くなった。少なくとも、1日に1度はそうしている。
どう贔屓目に見ても多勢に無勢。状況は不利になる一方で、例え最新鋭の兵器を持っていようとも、操るのが人間である以上は何処かで必ず限界が訪れる。
怖くないわけではなく。それは自分に限らずすべての人に言える事だったけれど、少なくとも自分はこうなってみて初めて戦場に出る事が怖いと思った。
それに怯えて震えているだけなら誰にでも出来る。それでもそこから先に進もうとする事に、どれほどの勇気がいるのか。自分に、それがあるのか。
考える事は尽きなくて、いつまでもそこに留まっている。
不意に、自分しかいなかった思考の世界の外から声がした。誰か、なんて最近良く聴くからすぐに解る。
意識を引き揚げるように目を開けると、幾分体温で温くなった金属の塊が視界を塞いでいた。
身体を起こして声のした方に視線を向けると、予想通りの姿。
けれど、少しだけ怯えたように眉を寄せて俯いて、なんでもないと言って背を向けた。ゆっくりと遠ざかる小さな背中を見つめながら、からかわれたのかよと溜息混じりに呟いた所で、違和感が残る。
ここは艦の最下層。
捕虜の収容施設と、倉庫くらいしかないはずの場所になんの用があると言うのだろう。偶然通りかかるはずがなく、まして誰も好んで近付く者はいない。そもそもキラの性格からして、誰かをからかう事などないだろう。
「…ヤバ…」
つまり、わざわざ誰かに自分の居場所を聞いてここまで来てくれたと言う事。
無意識化での自分の目付きは、お世辞にもいいとは言えない。それは父親ですら溜息混じりに指摘する。持って生まれたものは変えようがないから仕方がなく、生意気だと言われて余計な苦労をする事も度々あった。
ゆえに、特に他意はない。ないけれど、相手にもよる。特に、キラだった場合は最悪だ。
完全に割り切っているわけではなかったけれど、いつまでも過ぎた事を根に持つのはディアッカの主義ではない。けれど現在の様子を見ていればキラが自分に負い目を感じている事はすぐに分かる。
「気にすんなッつったのに…」
それは自分にも言える事だったけれど、忘れろとは言えない。自分のしたこと、その事実を覚えていて欲しいとは思うけれど、けしてそれを負い目に感じて欲しいわけではなく、謝る必要もないはず。
だから、キラの前でだけはそれを表に出してはいけなかった。なぜか、泣かせたと言って責められるのはディアッカなのだ。
多分、またキラは泣いている。
それを放っておく気にもなれず、小さな背中を追って走り出す。
相変わらず、自分の感情に鈍いんだなと思うと、思わず笑みが零れた。
格納庫の片隅で、遠くにいる親友の姿を見つけると、その表情から何があったのかすぐに解る。浮かない顔をしている時は、大抵自分の感情に整理がつかなくて戸惑っているからだ。
「…なんか、いい事あった?」
こんな時に訊くのもなんだけど、と言ってたまたま同じ時間に休憩を取った人は呟いた。
「…いえ…解り易いなあと思って。」
そういって苦笑しながら示した先に、俯いたままデッキを横切って行く姿。この艦の中の、まして格納庫の中でキラを知らない者がいる筈もなく。そうして、隣りに緊張感の欠片もない態度で飲料ボトルの中身を啜る人は、アスランと同じくパイロットだ。この艦の中では唯一ナチュラルの。
アスランの知らない『ストライクのパイロット』としてのキラを知る人。
ああ、と言ってフラガもまた苦笑する。
「上手く行かなかったのかな…折角教えてやったのに。それともあの小僧がしくじったか?」
楽しそうにそう言って、ひとりで笑う。けれど、その言葉だけでアスランにも十分理解出来る。
恐らく、気付いていないのは本人達だけなのだろうと思う。ディアッカはどうだか分からないけれど、キラはこれ以上ないくらいに傍から見ていて解り易い。
「…あまり、上手く行って欲しいわけでもないんですが。」
あまりにも楽しそうなフラガに少しだけむっとして、アスランは答える。
頭ひとつ分高いところから、まあまあと言ってフラガは軽くアスランの背中を叩いた。
「コレばっかりはな、他人が口挟む話じゃない…そういうもんでしょ、恋愛なんてさ。」
最後まで気付かなかったら教えてやればいい、と軽く言われて。
「…あいつの場合、みんな好きとか言い出しかねませんがね。」
自分で言っておきながら、本当にありそうでなんだか可笑しかった。
「ひでぇ親友だ。」
でも、それも悪くはない。
多分、追い詰められて真っ暗だったキラの世界に、たったひとり光を差し伸べる事が出来た人間。
ああ、来た来たとフラガは言って、また楽しそうに目を細める。
その、少し慌てたようにキラを引き止める同僚の姿。
きっと自分でも知らない内にこころが叫んでいる
誰もが認識する『フリーダムのパイロット』としての自分ではなく
『キラ・ヤマト』と言う弱くてちっぽけな自分を
それは暗闇に向かって放つ
魂の叫び
ある日不意にそれに気付く。
それは誰かの言葉の端だったり、他愛のない仕草だったりする。
いつでも目に映る世界が、何処か遠くの、フィルターを通して見ているような気がしている。何も知らなかった頃、モニターの中だけで眺めていた世界とそれは同じように感じられた。
そうして不意に気付く。
誰も自分などは見ていないのだと。
「…ディアッカ…さん?」
控え目に声をかけると、その人はゆっくりと目を開けた。
預けていた鉄格子から身体を離して、少しだけ疲れたような声でなに、とだけ呟く。
向けられた視線が、酷く冷たい事に気付いてキラは少しだけ怯む。
特に用事はなかった。それが、一層この人の邪魔をしたのかも知れないと思えて言葉がそれ以上続かない。
「…いえ、ごめんなさい、なんでもないんです。」
不思議なところにいるな、と思ったから。
そう言って、逃げるように背を向ける。
何を期待していたのだろう、と思う。ただ、どうしてか解らないけれど、この人の姿が見えると酷く安心するから。自分の思う通りの反応が返って来るはずがない。相手は意思を持った人間なのだから。他の誰かがいるところではごく普通に接してくれていても、きっと誰の目もなかったらこういう反応。目的が同じだから力を貸してくれているだけで、きっと今もキラの事を許してくれてはいないのだ。そして多分、これから先も、ずっと。
当然か、と勝手に納得して。
「…ごめん、なさい…」
ゆっくりと通路を歩きながら零れた言葉。
誰かに向けられた言葉。誰か、と言うよりは多分、たったひとりに。
零れた涙を乱暴に拭って、変なの、と呟く。
「…なんで、こんなに…」
こころが、痛い。
何がそんなに気になるのかよく解らなかった。けれど、気付くと視界に入る所にキラは居る。そうして、じっと自分を見つめている。自意識過剰かも、と呟いてみても、実際そちらに視線を動かすとしっかりと目が合うのだから間違っているとも言えない。
挫けそうになる自分の意思を奮い立たせるために、何時の間にかここでこうやって目を閉じている事が多くなった。少なくとも、1日に1度はそうしている。
どう贔屓目に見ても多勢に無勢。状況は不利になる一方で、例え最新鋭の兵器を持っていようとも、操るのが人間である以上は何処かで必ず限界が訪れる。
怖くないわけではなく。それは自分に限らずすべての人に言える事だったけれど、少なくとも自分はこうなってみて初めて戦場に出る事が怖いと思った。
それに怯えて震えているだけなら誰にでも出来る。それでもそこから先に進もうとする事に、どれほどの勇気がいるのか。自分に、それがあるのか。
考える事は尽きなくて、いつまでもそこに留まっている。
不意に、自分しかいなかった思考の世界の外から声がした。誰か、なんて最近良く聴くからすぐに解る。
意識を引き揚げるように目を開けると、幾分体温で温くなった金属の塊が視界を塞いでいた。
身体を起こして声のした方に視線を向けると、予想通りの姿。
けれど、少しだけ怯えたように眉を寄せて俯いて、なんでもないと言って背を向けた。ゆっくりと遠ざかる小さな背中を見つめながら、からかわれたのかよと溜息混じりに呟いた所で、違和感が残る。
ここは艦の最下層。
捕虜の収容施設と、倉庫くらいしかないはずの場所になんの用があると言うのだろう。偶然通りかかるはずがなく、まして誰も好んで近付く者はいない。そもそもキラの性格からして、誰かをからかう事などないだろう。
「…ヤバ…」
つまり、わざわざ誰かに自分の居場所を聞いてここまで来てくれたと言う事。
無意識化での自分の目付きは、お世辞にもいいとは言えない。それは父親ですら溜息混じりに指摘する。持って生まれたものは変えようがないから仕方がなく、生意気だと言われて余計な苦労をする事も度々あった。
ゆえに、特に他意はない。ないけれど、相手にもよる。特に、キラだった場合は最悪だ。
完全に割り切っているわけではなかったけれど、いつまでも過ぎた事を根に持つのはディアッカの主義ではない。けれど現在の様子を見ていればキラが自分に負い目を感じている事はすぐに分かる。
「気にすんなッつったのに…」
それは自分にも言える事だったけれど、忘れろとは言えない。自分のしたこと、その事実を覚えていて欲しいとは思うけれど、けしてそれを負い目に感じて欲しいわけではなく、謝る必要もないはず。
だから、キラの前でだけはそれを表に出してはいけなかった。なぜか、泣かせたと言って責められるのはディアッカなのだ。
多分、またキラは泣いている。
それを放っておく気にもなれず、小さな背中を追って走り出す。
相変わらず、自分の感情に鈍いんだなと思うと、思わず笑みが零れた。
格納庫の片隅で、遠くにいる親友の姿を見つけると、その表情から何があったのかすぐに解る。浮かない顔をしている時は、大抵自分の感情に整理がつかなくて戸惑っているからだ。
「…なんか、いい事あった?」
こんな時に訊くのもなんだけど、と言ってたまたま同じ時間に休憩を取った人は呟いた。
「…いえ…解り易いなあと思って。」
そういって苦笑しながら示した先に、俯いたままデッキを横切って行く姿。この艦の中の、まして格納庫の中でキラを知らない者がいる筈もなく。そうして、隣りに緊張感の欠片もない態度で飲料ボトルの中身を啜る人は、アスランと同じくパイロットだ。この艦の中では唯一ナチュラルの。
アスランの知らない『ストライクのパイロット』としてのキラを知る人。
ああ、と言ってフラガもまた苦笑する。
「上手く行かなかったのかな…折角教えてやったのに。それともあの小僧がしくじったか?」
楽しそうにそう言って、ひとりで笑う。けれど、その言葉だけでアスランにも十分理解出来る。
恐らく、気付いていないのは本人達だけなのだろうと思う。ディアッカはどうだか分からないけれど、キラはこれ以上ないくらいに傍から見ていて解り易い。
「…あまり、上手く行って欲しいわけでもないんですが。」
あまりにも楽しそうなフラガに少しだけむっとして、アスランは答える。
頭ひとつ分高いところから、まあまあと言ってフラガは軽くアスランの背中を叩いた。
「コレばっかりはな、他人が口挟む話じゃない…そういうもんでしょ、恋愛なんてさ。」
最後まで気付かなかったら教えてやればいい、と軽く言われて。
「…あいつの場合、みんな好きとか言い出しかねませんがね。」
自分で言っておきながら、本当にありそうでなんだか可笑しかった。
「ひでぇ親友だ。」
でも、それも悪くはない。
多分、追い詰められて真っ暗だったキラの世界に、たったひとり光を差し伸べる事が出来た人間。
ああ、来た来たとフラガは言って、また楽しそうに目を細める。
その、少し慌てたようにキラを引き止める同僚の姿。
作品名:君の隣で、夜が明ける。04 作家名:綾沙かへる