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綾沙かへる
綾沙かへる
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君の隣で、夜が明ける。07

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差し伸べたこの手が届く事はないのかも知れない。

永遠に。





 ぼろぼろになった機体は、まるで自分の心を顕わしているようだ、と頭の片隅で考える。
 ただ夢中で、必死で。
 こんなに誰かを憎んだ事はなかった。
 明確に意思を持って、自分の手で奪った命。恐らく、初めて。
 見えるはずはないのに、その人はその瞬間、確かに笑みを浮かべていた。
 いつまでも考える。
 本当に、これで正しかったのかと。
 そこに、誰もが望む世界が開けているのかと。


 奇跡ってあるんだな、と殆ど原型を留めていない機体を振り返ってディアッカは溜息を吐いた。
 化け物じみたあの機体。恐らく、操っていたのはあの人で。たった一人で世界を壊そうとしていた。誰もいなくなってもいい、それこそを望んだ人。
 「…クルーゼ隊長…」
 隣には、ここまで機体ごと自分を運んでくれた友人が、なにかを堪えるような顔で立っている。
 格納庫の中では、誰もがこれで終ったと、ただ呆然と流れる通信を聞いている。彼らは、この艦と共に連合軍を抜けた兵士達。最後まで奪われたままだった機体が、漸くこの艦に戻っているというのに、最早その場から動こうともせず。
 聴き覚えのある声が響く格納庫の中で、ディアッカはゆっくりと閉ざされた隔壁の向こうに広がる宇宙に向かってザフトの敬礼を送る。一時は憧れ、尊敬したその人に、もう会う事がないと漠然と感じていたから。
 例え最後まで相容れる事がなくとも、あの人に沢山の事を学んだ。
 なぜ、世界の崩壊を望んだのかは分からない。
 けれど。
 有り難うございました、と音には出さずに呟いて、静かに敬意を表す。
 隣にいた友人が、酷く驚いたように目を見開いている事に苦笑して。
 「…ま、最後くらいは、いいんじゃない?」
 そうして、友人と並んで敬礼を送ったまま、静かに戦争の終りを聞いた。


 目を閉じていても、開いていても、視界に映る筈の世界は霞んで見える。
 どのくらいの時間が流れたのかは分からない。けれど、頭の中でどうしてと繰り返す、答えの見えない問い掛けはずっと続いていて。
 自分が今何処にいるのか、起きているのか寝ているのか、世界がどうなったのか、知りたい事がただ渦巻いては霞んで消えていく。奇妙な浮遊感を持ったまま、しばらく繰り返された思考は電源が落ちるように暗闇に溶けていく。
 誰かが、ずっと自分の名前を呼んでいるような気がしているのだけれど。
 それに応えてはいけない、と言っているのは酷く冷たい目をした自分自身。
 ねえ、どうしてそれを求めるの。
 その声に応えてもいいの?その資格があると思っているの?
 どうして僕は生きているの?
 この世界が、受け入れてくれる事なんかないのに。

 頬を撫でる柔らかな感触。
 空気が動く、と言う感覚。風が入ってくる、と意識する。
 それをきっかけにして、水の中を浮かび上がるように意識が覚醒する。しばらく動かす事を忘れていた瞼をゆっくりと押し上げると、輪郭のぼやけた映像が視神経を伝って入ってくる。
 唇を微かに開いて、呼吸する。心臓が動いている音を聴く。生きている事を認識する。鉛のように重たい右手をゆっくりと持ち上げて、目の前にかざしてみる。指を動かしてみる。脳から送られる指令通りに、握ったり開いたりしてみる。
 「…生き、てる…」
 ひとつひとつ確認して、漸く視界がはっきりと映像を結び始める。
 なんで生きているんだろう、と上手く働かない思考は呆然と呟きを浮かべた。
 「気が付いた?」
 上のほうから掛けられた声は、よく知っている友人のもの。のろのろと視線を動かすと、安堵したように笑みを浮かべる姿が視界に映る。
 「…ミリアリア…?」
 なんで、泣いてるの。
 呟きは、掠れて殆ど音にならない。乾いた喉を空気が通って、軽く咳き込んでしまった。
 「大丈夫?…キラ、5日も寝てたのよ。お水、いる?」
 慌てて目許を拭いながら掛けられた問い掛けに、緩く首を横に振る。
 「…大丈夫、だよ。…ここ、何処?」
 明るい部屋。白い壁に囲まれた部屋は、キラのすぐ横に窓が採られていて、半分ほど開いている。さっきから風が吹いている、と感じるのはそのため。揺れるカーテンで視線を留めたまま訊くと、ミリアリアは病院よ、と返事をした。
 「ラクスさんが、手配してくれたの。プラントの、病院。」
 艦に戻った時には意識がなく、そのままずっと眠っていたらしい。
 「えと、今誰か呼んでくるね。ちょっと待ってて。」
 そう言って席を立ったミリアリアの背中をぼんやりと見つめながら、軽い違和感を覚える。
 「…制服…じゃない…」
 あれですべてが終ったのか。
 唐突に浮かんだ疑問。本当に戦争が終ったのなら。
 「…行かなくちゃ…」
 思い出される記憶の欠片の中から、探し出した事。自分のして来たこと。背負ったもの。その、すべての真実の証拠を、取り戻さなければ。
 ぼろぼろだった機体、その辛うじて残るコックピットの中の、キラにしか分からないように巧妙に隠してあるものを。誰にも、知られてはいけないものを。
 緩慢な動作で、身体を起こす。途端に、軽い眩暈が襲ってきて、額に手のひらを押しつける。緩く呼吸を繰り返して、目を閉じてそれをやり過ごして、ひんやりとしたリノリウムの床に足を下ろす。
 ぺたり、と自分の足が立てる音。
 ドアの向こうから聞こえる、病院特有の微かなざわめき。
 引き戸に手を掛けると、少しだけ力をこめて引く。
 「…どうかしましたか?」
 僅かに開けた隙間から顔を出すと、すぐ隣りから声がした。視線を向けると、緑色の制服を着た青年が立っている。
 「…ザフトの…?」
 呟いて、キラは顔を顰めた。当たり前の事だったけれど、実際に監視付き、と言うのは余り気分のいいものではなく。
 監視、と思うのはキラだけで、本来この兵士は護衛と言い渡されてこの場に立っているのだが、しばらく昏睡状態だったキラがそれを知る筈もなかった。
 「なにか御用があれば承りますが…」
 唐突に顔を出したキラに対して、戸惑いながらもそう言った青年に緩く首を振って、室内に戻る。
 「…そっか…当然だよね…」
 扉を背にして呟くと、キラはゆっくりとベッドに近付いて少しだけ逡巡してから窓に向かって腰を下ろした。
 見上げた先は、薄いガラスを通して差し込む陽射しと、抜けるように青い空。例え創り物だとしても、ここでこうしてぼんやりとした時間が過ごせる事で、戦争が終ったのだと理解する。
 同時に浮かぶのは自分の犯した罪の重さ。
 廊下の向こうから、誰かが近付いてくる音がした。緩く溜息を付くと、キラは重い思考を振りきって扉に向き直る。


 それは今だ半壊したままの機体にひっそりと存在していた。
 誰にも気付かれる事なく。
 それを再び手にするのは、たったひとり。
 けれど、その人は未だ、あの場所から出る事はない。


 声を張り上げなければ、すぐ傍にいる人間とも会話が成り立たないほどの喧騒。